『ワクチンはどこへ消えた?まるでベストセラーの「チーズはどこへ消えた?」の様です』

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1)
東京のウイルス感染者数が再び増加、
900名を超えました。

オリンピックは無観客開催が望ましい論調が
湧き上がっていますね。

2)
東京の緊急事態宣言が発表されようとしています。

企業はこれ以上どうすればいいのか?
東京のご受講生からは怒りと悲痛のお声が
届いています。

3)
7月2日、
日創研経営研究会主催の緊急勉強会が
行われました。
創業100年以上の3社の社長のお話は
歴史を感じます。

世良社長の「至誠一貫」は
報徳思想から生まれたものです。

日創研にも二宮金次郎の銅像を建立していますが、
我々はお飾りで、「株式会社世良」は実践者です。
1888年(明治21年)創業です。

4)
創業者は、司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」
にも出てくる「呉服の米藤」から創業。

しかし、敢えて得意な呉服商をやめて金物業です。

世良社長はTTコースのファシリテーターでした。

金物屋をした理由を、「米藤」から仕事を
とってはいけないと「義」を語ります。

これが言行一致の企業風土ですね。

歴史はその企業の底流をつくり、
企業の寿命を長くします。

私は「言行不一致」の反省でした。

5)
とくに、月刊『理念と経営』共に学ぶ会、
13の徳目朝礼を実践くださっている動画を見て
「頭を垂れ」ました。

社員さんにも感謝です。

6)
水野染工場は旭川市にありますが、
浅草には3店舗ありコロナ前は大繁盛でした。

僕は「雷門のおこし屋さんの苦境」の
NHK番組を見ています。

本来なら華々しいオリンピック開催で、
一挙にこの逆境を乗り切って頂きたいのが本音です。

7)
1907年(明治40年)創業です。
114年の歴史に
「北の零年(吉永小百合主演)」を思い出します。

一部の阿波藩士が、新天地「北の大地」に夢を求めて
船出する旅路は、じつに厳しいシーンです。

私の人生で、死ぬ間際一番見たい映画を
三本選べと言われれば、
「スパルタカス」「誰が為に鐘は鳴る」「北の零年」
です。

8)
今でも17歳の時、
不安を超えて「恐怖を抱く日々」を思い出すと、
2本の映画のシーンやセリフを鮮明に思い出します。

9)
旭川は、ソビエト防衛の基地として、
陸軍第七師団がありました。

日露戦争で二百三高地を落とせない時、
野津軍が活躍します。

第七師団はまさに、えり抜きの、
厳しい訓練で鍛え抜かれた兵士の組織であり、
「防人(さきもり)」の悲劇の舞台でもあるのです。

(乃木軍が第三師団。野津軍は記憶のみです。
 誤りはお許しください)

10)
お嬢さんが現役の起業家養成スクール生です。
「お父さんと呼びなさい」が慣例です。
・・・でも、「おじいちゃん」ですよね。

是非、伝統と文化と、企業の永続のために
「起業家精神」を身につけてもらいたいものです。

11)
滋賀県の東近江市の大橋珍味堂は、
1830年(天保元年)創業で、
ファシリテーターの大橋社長は6代目です。

新幹線の売店では「男の珍味」が
よく売れていました。
今はご苦労されています。

大橋社長は何故頑張れるのか?
それは「創業の精神」を貫くためです。

12)
バトンランナーとしての任務は
我々には分からないプレッシャーの筈です。

「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し・・」

家康公遺訓ですが、代々この心境で
バトンを受け継いできたのです。

13)
私はアメリカ流の合理主義も大事だと思いますが、
日米欧とも「創業の精神」を大事にします。

仮に、日創研がそれを忘れたら、
私は潔く会社を畳みます。

人と企業の成功づくりは嘘になります。

「教育業は虚業に近い」と、
長年苦しみ続けたことが証明されるからです。

虚業の代表選手の名を遺したくはない。

14)
「決断と挑戦」が大橋珍味堂の家訓であり、
仕事の順位として残されています。

現在6名で経営理念塾にご参加です。
1. 変化をいち早く察知する英知
2. 行動に向かっての早い決断と実行
3. 目標を成し遂げる不屈の精神

ビジネス成功の本質は
「英知・決断・実行・不屈の精神」なのです。

15)
3人の100年企業の共通項は
「実業の試練」を乗り越える高い志です。

歴史の重みはつくれないものです。

映画「北の零年」に戻ります。

かつて日本に「開拓者魂」があったという
記録のようなシーンが思い出されます。

16)
華やかな武士の家に生まれ、
矜持を捨てずに高貴な生き方を貫く女性の悲しみ。

ひもじさに耐えられずに身を売る女性もいる。

豊作を襲うイナゴの大群と飢えとの戦い。

卑怯な人間。

廃藩置県で髷を切る武士の無念と、
苦労知らずのバカ殿様。

NHK大河ドラマ「青天を衝け」の裏側で、
苦労や困難を天命として生き、
最後まで希望を捨てぬ主人公の、
鍬を大地に向かって振り上げる姿も、
明治の一つの光景です。

この魂を日本人はもっていた。

3社長と森脇副会長に感謝します。

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プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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このブログ記事について

このページは、田舞通信が2021年7月 8日 13:08に書いたブログ記事です。

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