『苦悶があるから崇高になる。新型コロナウイルスに挑む医療従事者の数々の番組に思う』

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一体「我々の仕事とは何なのだろう」
 働き方改革で言う「働く定義」から
 「自分の定義を獲得」する人生を選ぶ―

―ハーズバーグやマズローはこの世から
 消えてしまったのだろうか?
 人は意味を求める筈だった―



1)
過日、コロナウイルスで苦悩する看護師さんの
ドキュメンタリー番組を見ました。
徹夜続きで寄り添った人の「死」。

2)
若い看護師は、そのご遺体に頭を下げて
お詫びをしていました。
そして、目にいっぱい涙をためて天を仰ぐ人もいました。

3)
ドクターが、一番危険な場所で戦う番組も見ました。
30歳の若いドクターでも
「いざ、仕事」となるといのちを懸ける。
いのちをみつめる深い番組もあります。

4)
ある消防隊のドキュメンタリー番組では、
燃えさかるホテルに誰かがいることを知って、
部下を抑えて自らが火の中に飛び込んだ高野隊長。
33TTで、起業家養成スクール28期生で
語った実話です。

5)
ドクターヘリの番組でも、何度も何度も涙しました。
仕事への執念と、人間として自らが選んだ職業に
殉ずる姿は美しいと思います。

6)
佐渡出身の軍人「本間雅晴中将」は、
フィリピン作戦ですでに左遷されていました。
敗戦の現地で罪なき汚名を受けて銃殺刑。
妻が罪亡き夫の弁護をします。

7)
銃殺刑の執行時、本間中将は目隠しを拒否します。
前を見つめて、指揮を執る者が銃を持つ者に
「構え!」と命じる声に、 本間中将は
「さあ、来い」と受けて立って逝ったのです。
職業に殉じた人です。

8)
昭和13年11月3日、トヨタ自動車の創業者・豊田喜一郎氏は
作業員と同じ作業服で挙母(ころも)工場の
竣工式で「竣工の辞」を読みます。
「人は任務に生くべし。小我を捨てて大我につけ・・」
昭和27年3月27日に脳溢血で逝去するまでの
約14年は苦労の連続でした。

父との思い出や自分の人生の記録を
執筆中の机が最後です。

喜一郎の無理を思えば私は遊びのような日々です。
享年57歳。
私がトヨタの車しか乗らない理由です。


9)
TTコースでもお伝えしているハーズバーグは、
人間のモチベーションを「衛生要因」と
「動機付け要因」に分けています。
実に納得のいく理論です。

10)
マズローは人間の欲求を五段階に分けた
と言われますが、真意ではありません。
自己実現ではなく「自己超越」が本音でした。

11)
精神科医ヴィクトール・フランクル先生も
同じく自己超越を述べ、
ニーチェは更に激しくも「神は死んだ」と述べて
人間の自立を訴えました。超人の哲学です。

12)
「仕事は人生のすべてではない」という言葉を聞きますが、
私たちは人生の多くの時間を仕事に割いています。
仕事を通して人は貢献意欲を満たす生き物であり、
苦悶は当然ありますが挑むから精神を崇高にさせます。

13)
新型コロナウイルスに医療従事者が懸命に挑む
番組を見る度に、
生きるとは何か、
仕事とは何かを考えさせられます。

14)
コロナの集中治療室は戦いの連続です。
コロナという「未体験の病」に挑む医師たちは
あらゆる方法を徹底して議論し、
100%の勝算が保証されない治療に、
未体験を超えて失敗し、
時には泣きながら挑んでいます。

15)
若い医師はコロナの前に結婚しましたが、
新婚の甘い生活どころではなく、
病院で仮眠しながら救急に挑み、
甲斐なく亡くなる患者の前でうなだれていました。

16)
「ストレスは危険なもの」という考えは
85年前のラットの実験を理論化したものです。
誤りと知ってか知らずか今も信じられています。

看護師の8割以上は過酷さに耐えて、
「人を救いたい」と考えています。

17)
私は素人ですが、ストレスに立ち向かう
肯定的考えがあれば、逆に「レジリエンス」や
「グリット」を身につけます。
スタンフォード大学での、
キャロル・ドゥエック先生の
マインドセットも、
可能思考メソッドと同じ脈絡です。

18)
日本に産業を起こし、仕事や経営を通して
富国政策に打ち込んだ渋沢栄一は、
必死に物事に挑み、我々に教訓を示しています。

19)
このコロナ集中治療室の看護師の崇高な仕事ぶりは、
頭が下がる思いです。
一時的に心を病み辞めた看護師が
病棟に戻る場面は感動です。
意味をもつ者は強い。

定年退職後に人手不足で復帰する看護師長は、
ベテランらしく冷静に挑んでいます。

20)
131名の看護大学卒の新人の中で、
一番危険な「コロナ集中治療室」に志願した6人は、
医療用の防護具を装着して仕事につきます。
以前の番組でみたドクターヘリの医師は、
救助できなかった遺体の前で涙を流していました。

今日は、何故か、仕事について考えました。
私の静かな一日のリフレクションです。
一度決まった法律ですから遵守します。
しかし、私は孫達に聞かれたら、
働き方改革で言う「働く定義」から
「自分の定義を獲得」する人生を選べ
と勧めるつもりです。

働く条件はとても大切です。
でも、今、意味や目的を求める教育が
欠如しているような気がします。
WHY・・・・・・は自分への質問です。 
今日は肩苦しくてすみません。

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プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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このページは、田舞通信が2021年5月10日 12:18に書いたブログ記事です。

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