2020年1月アーカイブ

親愛なる皆様
お元気ですか。       

1)
先週、東京で新春経営者セミナーを開催しました。
初日の内容を、ご報告します。

2)
今年も多くの方々にお集まりいただき、昨年以上にさらに盛り上がりました。
盛り上がりと言っても、懇親会での盛り上がりではありません。
講演された方々や審査員の先生方の、人間としての品格に「まいった」という気持ちです。

3)
寺島実郎先生の世界経済の読みと、我々中小企業がしてはならないことが一致していました。
アメリカの株価2万9000ドルというのは、各TTコースの同窓会の挨拶回りを済ませ、
部屋に戻ってテレビをつけたら目に留まったニューヨーク株式市場の株価です。

4)
私の独断と偏見ですが、アメリカの大暴落は1929年に起こりましたが、
その大暴落に至るガルブレイス教授のご本の記録と、全く同じです。

5)
ガルブレイス教授の記録は緻密で、わずか数時間で極端に暗転する様を克明に記しています。
今日の寺島先生のご講演も、より綿密で、毎年のレポートを頂戴している通りになっています。

6)
今日の寺島先生のデータと論拠、ニューヨーク株式市場の株価は、
まさに、1929年の大暴落が重なりました。
当時の日本は昭和4年、世界は奈落の底に落ちていきました。

7)
実は、この世界の大恐慌が第二次世界大戦の発端であり、
大恐慌のあおりを受けた英仏などは、植民地を活かした政策を発動し、
世界は今に似たブロック経済となっていったのです。

8)
ガルブレイス教授の記録は大暴落前を、次のように伝えています。
「FRB(連邦準備理事会)が発表する鉱工業生産指数は下がっており、
 鉄鋼生産高、貨物輸送量も減少を記録。 経済動向に敏感な住宅建設
 は、数年前から低迷が続いていたが、29年には一段と落ち込んでいた。
 FRB発表のローン残高は一週間で大幅増を示す。
 ニューヨークの市中銀行も、投機を続けるために連銀から大量に借り
 入れて、増加を示している。あらゆる機関が、事件が起きることを予
 想だにしていない。9月3日、最後の安息日である。
 この日を最後に上げ下げが続くが、それでも悪夢を信じない。
                   (ガルブレイス教授の記録)」

9)
これが、ガルブレイス教授の予兆段階の記録です。
スタンフォード大学でまとめた詳細な記録の一文です。
つまり、日本のバブル崩壊も含め、欲望は手に入れたら飛んで行くのです。
10月24日、一か月前の状況です。

10)
ガルブレイス教授の記録は続きます。
「1929年10月24日、「前場」にアメリカ株に異常が起きた。
 世界の大恐慌の発端は、空前の株式ブームの真っただ中で突然大暴落をし、
 その余波を世界中に起こしていった。
 投資信託など金融関連機関が急増し、誰もが大暴落するとは思っていなかった。」

11)
つまり、政治も、大学教授も、経済学者も、エコノミスト、メディアも、
動きの鈍いFRBも、レバレッジ効果の脅威を国民は真実を知らされない。
国民の無知もあるのでしょうが、その道の有名人さえ惑わされます。
(寺島先生の知性は、御用学者とは異なり、凄いですよ)

12)
こうしてウォール街初の世界大恐慌が、ブロック経済を作り出し、
植民地のないドイツでヒトラーを誕生させ、イタリアでムッソリーニが台頭
日本も組して三国同盟になるのです
(この部分はガルブレイス教授ではありません。)

13)
このような背景を知った上で、寺島先生や渡邉美樹さんの話を聞き、
今日の異常な株価を知ると、お二人のお話が真実味を帯びますね。

14)
寺島先生の
「昔は親が必死で働いて子供のために仕送りした。
 だから若者の背筋も伸びていた。(親の苦労を背負って学んだ)」

15)
「大学や高校などの無償化は弊害もでる。自分は国にお世話になった。
 親に行かしてもらったわけではない。と、人間の関係性させ割いてしまう。」
(寺島先生に大賛成です。自助努力しない者や富裕層は外すべきでしょう)

16)
寺島先生は
「働き方改革などと言っている場合じゃない。
 日本は今こそ、もっと国のため、未来の為に働かなければならない。」

17)
広島市信用組合の山本理事長は、中小零細企業支援に命懸けです。
渡邉美樹さんは、政治の世界を6年できっぱりと辞めた分、
「日本の株価は作られたもので、本当は半分に近い」と、
6年間の参議院議員の体験から、本音でズバズバと講演されていました。

18)
日創研では、講演記録を録って、販売することはしていません。
理由は、先生方が本音を伝えて下さるからです。
今回も翌日を控えて興奮しました。

19)
初日夕方からの「ありがとう卓越経営大賞」審査員の
伊藤忠商事元会長の丹羽宇一郎さん、東レ経営研究所元社長の佐々木常夫先生、
宗教学者の山折哲雄先生と、三名の審査員コメントは最高でした。

「金融の天才たちは何でも知っていた。彼らは、
プリンストン大学のローレンス先生言うところの,
「企業の価値が世界最高の知性と十分な情報に基づいて判断される舞台」
の演出家だった。
(ガルブレイス教授)
田舞徳太郎
親愛なる皆様
お元気ですか。       

1)
日創研を創業時に私のSAコースをご受講され、大阪1LTコース・1TTコースを修了、
その後、日創研の可能思考教育の講師として永年ご活躍された、H講師のご仏前にお線香をあげにまいりました。

2)
非常に謙虚な方で、日創研に誠心誠意尽くして下さいました。
ご遺志により年末の喪中はがきで初めて知りました。
戒名には「明徳・・・・」がついていました。

3)
H講師の奥様に、お亡くなりになる前のご様子をお聞きしました。
気持ちを取り乱されることもなく、奥様とお嬢様に事細やかなお手紙を書かれていたようです。
奥様は「連絡もせずにごめんなさい。質素に家族だけで送りたかった。」とおっしゃっていました。

4)
私の弟の逝去もあって複雑な大晦日でしたが、まさに可能思考を振り絞っての初詣でした。
弟とは、父の墓前で兄と三人で写真を撮ったりして、その元気の良さに希望を持っていました。

5)
先月の田舞塾の初日に、東京でのタクシーの車中で訃報を受けました。
弟が留守を守り、僕は自由にやりたい事をさせてもらいました。弟のお陰です。

6)
大晦日に瀧道を歩きましたが、弟と語り合いながら感謝の気持ちでいっぱいでした。
ちょうど、50年前に3人で創業しました。開店までは希望で、オープンしたら地獄の日々です。

7)
でも、力を合わせれば奇跡的な売り上げがあがりました。
3人で力を合わせた日々が実になつかしいですね。
光陰の意味がようやく分かりました。

8)
弟のことは誰にも伝えませんでしたが、
本人の生前の希望でもありましたので、遺志を尊重し家族だけですませました。

9)
よくケンカもしました。ビジネスですからね。値上げを20円・10円で激論です。
お別れの会は「音羽」が主催し、公共の会館をお借りして行なう準備中とのことです。

10)
お互いが全力疾走でしたから、悔やむことは一切ありません。
年末は毎年お世話になった方々のお別れの報が続きますが、
「死もまた生成発展」という、松下経営哲学を言い聞かせて、
粛々と新春経営者セミナーを待ちます。

11)
日創研のスタッフも事情が分かりませんが、
新春経営者セミナーキャンセルの3人にお電話掛けでした。
お電話で「一期一会」の話をしました。
ご了解くださった皆様のお返事に励まされました。

12)
セミナーとは言え、生意気ばかり。至らぬ吾身を恥じております。
お許しくださいませ。

「天は無常無自性 人は一期一会 私は一所懸命」
禅の師、田里亦無先生最後のお言葉を思い出します。 合掌
逝く先は 花咲く道と 人の言う 信じがたきも 信じおりけり 得山詠歌

13)
なお、お悔やみのすべては日頃に余りあるように受けております。
そっとしてくださいますと助かります。お別れの会は別途ご案内いたします。
バターンの死の行進の罪をおい、「さあ、こい!」と叫んで逝った、
あの萩野中将の最後・TTコース記念講演を忘れてはいません。

田舞徳太郎

プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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