2018年4月アーカイブ

親愛なる皆様
お元気ですか。


1)
先日、パナソニックの谷井昭雄第4代目社長からのお招きに預かり、
大阪府門真市のパナソニック本社のミュージアムを見学させて頂きました。


2)
もともとは、1968年の創業50周年記念として、
パナソニック創業者の松下幸之助翁の思いを未来へ託すため、
1933年竣工した門真移転当時の第3次本店の建物を再現した旧・松下幸之助歴史館が由来です。


3)
今年3月の創業100周年を機に、第3次本店の外観や建設場所を忠実に再現して、
新たに建設された「松下幸之助歴史館」、旧・歴史館をリニューアルした「ものづくりイズム館」と、
2006年4月にオープンした「さくら広場」などで構成されています。


4)
新設の松下幸之助歴史館は、松下幸之助翁の94年の生涯を、
1章「礎」丁稚奉公から電気の世界へ
2章「創業」創業の時代
3章「命知」使命を知る
4章「苦境」戦争と戦後苦難の時代
5章「飛躍」再建から飛躍へ
6章「打開」不況打開に動く
7章「経世」尽きせぬ繁栄への思い の7つの章で構成。

松下幸之助翁が、94年間歩んできた「道」をたどることが出来ました。


5)
松下幸之助歴史館に着くと、「創業者 松下幸之助翁寿像」と、
門真移転時に植えられた樹齢85年の「カイヅカイブキ」がそびえ立ち、
お出迎え頂いた谷井昭雄第4代目社長と記念撮影の栄に浴しました。


6)
歴史館の中に入ると、松下幸之助翁の伝承の始まりにふさわしく、
「道をひらく」の一節「道」の文章が掲げられていました。
「自分には自分に与えられた道がある」から始まる、何度読んでも味わい深い文章です。


7)
そこから貴賓室にご案内頂き、パナソニック本社応接室に掛けられてあったという、
松下幸之助翁の大きな肖像画の前で、山田館長、元・社史室主幹の恵崎様に
建物のご説明を頂戴した後、谷井昭雄第4代目社長直々に歴史館の中をご案内頂きました。


8)
最初に目に入るのは立派な松の木。
「松下」の姓は、樹齢数百年という松の大樹のそばに家があったからと言われています。
明治27年に8人兄弟の末っ子として生まれ、一番かわいがられて育ったものの、
4歳の時に父がコメの先物取引で家が破たんし、9歳から丁稚奉公に出されたわけです。


9)
私自身も父が昭和35年に炭坑不況の直撃で会社が倒産し、
中学卒業と同時に父の借金返済のため、大阪の寿司屋で働き始めましたので、
どうしても松下幸之助翁のご苦労が自分の体験と時折重ね合わせることがあります。
強い勇気を頂戴しました。


10)
小学校4年生までしか学校へ通えず、現在の関西大倉高校の夜学に通われますが、
口述筆記についていけなかったようで、その挫折体験を活かされています。


11)
まさに、SAコースでいう、すべての困難を可能思考能力で乗り越えられ、
むめの夫人と、義理の弟の井植歳男さんのわずか三人で創業した、
当時の松下電気器具製作所を一代で日本を代表する企業へと発展させました。


12)
私自身は山下俊彦第3代目社長にもお世話になり、日創研の会員企業様までご紹介を頂きました。
人は一人で成功するのではなく、気づきの能力と、多くの方々のご支援で物事を為していくのですね。
基礎コース(SA)では、松下幸之助翁の偉大さを毎回お伝えしていますが、
本当に凄い方で、まるで夢のようです。


13)
谷井昭雄第4代目社長、山田館長、恵崎様には、
7つの章の構成に沿って約3時間にわたって歴史館をご案内頂き、
初めてお伺いしたエピソードと共に、深掘り出来たことも多くありました。


14)
旧・歴史館は何度か訪問させて頂きましたが、リニューアルした「ものづくりイズム館」では、
当時の松下電器の技術の総帥として活躍した中尾哲二郎氏に感動しました。
私は、すでに「社長一人では経営出来ない」「だから経営幹部を育てなさい」と、
繰り返し繰り返しお伝えしてきました。成功に不可欠です。


15)
パナソニックミュージアムを見学して、松下幸之助翁の数多くのお言葉に触れましたが、
その中でも心に残った言葉を一つだけご紹介したいと思います。

「製品には、親切味、情味、奥ゆかしさ、ゆとりの多分に含まれたるものを製出し、
 需要者に喜ばれることを根本的の信念とすること。」


16)
上記の言葉は、昭和17年10月に「製品劣化に関する注意」として、
太平洋戦争の戦禍による資材の入手難で、商品の劣悪化さらに進む気配の中で、
松下幸之助翁が憂慮して社主として出した通達だそうです。


17)
この言葉こそ、お客様そして社員さんに対する優しさと思いやりに溢れた、
まさしく松下幸之助翁の「忠恕」であり、「仁」が滲み出ている言葉だと思いました。


18)
最後には、谷井昭雄第4代目社長との歓談のお時間まで頂戴し、
帰る頃には、空の色はきれいな夕焼けの色に変わっていました。

「紀ノ川で 母と別れし 哀しみを 抱きつつ翁の 生きる旅跡」 得山詠歌


19)
豊田佐吉・喜一郎親子など、日本経済の礎を築いた偉大な人物から学ぶ際には、
何度も何度も生家や、その人物と共に時間を費やさなければなりません。
様々な人物のお墓参りもよくしました。
もちろん、和歌山県和佐村の松下幸之助翁の生家跡やお墓も随分訪ねました。


20)
伊與田覚先生とのご縁を結んで下さったのが谷井昭雄第4代目社長で、
我々日創研の社長塾のために霊山歴史館を改装下さり、大変お世話になっています。
そして、過日、このようなお時間を頂戴出来ましたのも、
パナソニック終身客員の木野親之先生がご縁を結んで下さったお陰です。


21)
木野親之先生無くしては有り得なかったご縁ですから、
先縁を大切さにしなければと深く気づかせて頂きました。
木野親之先生に改めて感謝の気持ちを込めて、帰りの車中に心の中で手を合わせました。

 

22)
大型連休が明けた週末の5月12日(土)には、
「松下幸之助翁に学ぶ人財育成の要諦十三ヶ条一日セミナー」を、
6月には木野親之先生による「松下幸之助翁に学ぶ経営問答塾」が始まります。


23)
畏敬の念を込めて松下幸之助翁の追っかけを青年会議所時代からしていました。
信ずる者は救われます。ご縁に感謝しています。
昨夜は、古巣の川西青年会議所での例会講演でした。
驚くほどの礼儀正しさとおもてなしに、涙をこらえながらの講演でした。


24)
大型連休の前半は、天皇陛下と皇后さまが戦後70年の節目の年に慰霊の旅をされた
パラオの戦跡へ、私も慰霊に行って来ます。

田舞徳太郎

親愛なる皆様
お元気ですか。


1)
田舞塾から帰宅して、久しぶりに自宅でPCに向かっていました。
帰阪後すぐにサウナへ行って、そして鍼治療で元気を回復しました。
一番末の孫が小学校の入学式があり、自分の時を思い出しました。


2)
Theマスター・コミュニケーションの第二講が無事終了しました。
昨年は盛りだくさんの内容でしたが、ご受講生の方々のニーズ(欲求)に応じてイノベーションしました。


3)
お二人のプレゼンテーションは感動でした。
テクニックではなく、このようなお二人こそコミュニケーションの「マスター」ですね。


4)
私のコミュニケーション理論は、
私生活や職場生活や企業活動の役に立たないようなものは研修に取り入れません。
ここを間違えると、ご受講生の人生をだめにしてしまいます。


5)
あくまでも「共に学び、共に栄える」という経営理念に基づいたものです。
特に実習は、実際の職場で行なっていただくようにしています。自得研修です。
つまり、私流に表現すれば、第一義は「働きやすい職場」「業績の良い会社」が基本の二本柱です。


6)
私は経営の勉強を始めるようになって、ピーター・ドラッカー博士の信者になり、
また、松下幸之助翁が築いた松下経営哲学を学んできました。
松下幸之助翁の偉大さは、京セラの稲盛和夫さん、ユニクロの柳井正さん、ソフトバンクの孫正義さん、
その他の偉大なる人々に多大なる影響を与えています。


7)
ですから、コミュニケーションという美名のもと、
現実から逃げるコミュニケーションのことを、私は「エスケープ」と名づけて講義を体系だてています。


8)
先週の後半は、田舞塾でした。
今年に入って驚きと衝撃の講師陣で、私自身がカルチャーショックを受けています。
我田引水ですが、少年のような気持ちで学んでいます。


9)
3月の田舞塾は、宮崎の私の親友の推薦で、WASHハウスの児玉社長にご講演頂きました。
月刊『理念と経営』にもご登場頂きました。
児玉社長の生の講演を聞いて、田舞塾のメンバーは企業経営の未来のあり方を記憶に止めています。


10)
4月の田舞塾の講師も凄い方でした。
私の恩師から頼まれて、お食事を取りながら2時間近く二人で議論して、
「喧伝されるような人物ではない」と、確信しました。


11)
再びお会いする約束をしましたが、素直な気持ちで久しぶりに興奮しました。
変なプライドを捨てて学ばなければ成長しませんね。
「少にして学べば則ち壮にして為すことあり」と、佐藤一斎は述べています。


12)
欧米では、良い家庭には厳しい躾があります。
大体18歳で家から自立させます。独り立ちです。
つまり、自分の食い扶持は自分で稼げ、という「掟」です。
日本人は、いくつになっても実家暮らしの人が多く、また国や企業への依存が多いように感じます。


13)
夏目漱石の「私の個人主義」を読んでください。個人主義と自由の厳しさと義務が述べてあります。
何かあると、親の責任にし、何かあると親は組織の責任にします。
国に依存している政治家は、残念ながら「国の安全」に意識が向きません。


14)
そのような中で、今回の田舞塾のケース・メソッド授業は大いに楽しんで行ないました。
1.出店の是非、
2.事業構想の収益化、
3.競争激化の中の「優位性」の確保です。
H社長は三代目ですが、非常に骨のある青年社長です。
23TTコース当時は頼りない印象でしたが、非常に企業経営では日夜困難を味わっていたのですね。


15)
クラス討議では、同じ23TTのK社長、N社長が一番前の席を陣取り、必死に提案して下さいました。
3人に共通なのは、TTコース(企業内教育インストラクター養成コース)時代、
どん底の状況の企業だったのですが、8年経過し、3社とも業績好調です。
5月も、23TTのN社長が教育ケース提供をして下さいます。


16)
今回のK社長は、祖父の創業した企業を、約60億円近くまで伸ばしています。
まだまだ成長すると思いますが、難点はK社長の力だけで発展しているという印象です。
ご自分でも述べておられますから自覚はお持ちですが、
さらなる発展は、経営幹部の経営能力に係っているのです。


17)
月刊『理念と経営』に、社長力・管理力・現場力の三位一体論を13年間連載してきましたが、
なかなか「経営の本質」を理解してくださる方が少なく、
経営幹部の成長が、企業の成長・発展を促進していく熱源になるということを心から信じて頂きたいですね。


18)
日創研では、私は社員さんには寛容ですが、我が社の未来を担う幹部には厳しいです。
特に私心の強い幹部は伸びません。私心はすぐに化けの皮を自分で剥ぐのです。
もちろん、人間は、私心のない者は誰もいません。
お世話になったアシックスの故鬼塚社長様は
「私心がないから皆が活きる」といつも述べておられました。


19)
日創研のシンボルは「二宮金次郎像」ですが、
「欲にしたがいて家業にはげみ、欲を制して義務を思うべきなり」と、
中庸であることのむずかしさと大切さを記しています。
これからの時代は「本音(正直)」「誠実」「大局着眼、小局着手」の幹部育成が求められます。


20)
トップがゆっくり歩いていると、その後に続く幹部もゆっくりにならざるを得ません。
ゆっくりにならざるを得なかった幹部が、ゆっくりな現場をつくり、
その結果、せっかくの若手社員さんをだめにしてしまうのです。


21)
丹羽宇一郎先生が、月刊『理念と経営』の連載で、
「自己修養とは、今日やると決めたことは今日やり遂げること」だと述べておられました。
アイデンティティの重要な所以ですね。


22)
今回も、非常に貴重なケース・メソッド授業でした。
H社長は、早速、片方善治先生の「実践ビジネスモデル塾」に申し込まれました。
立派な経営者は、意思決定と着手が速い。激変時代の認識を持ちたいものですね。

田舞徳太郎


 

親愛なる皆様
お元気ですか。


1)
先週末に、還暦を迎えられたN社長にお祝いのお電話をしました。
日創研との出会いは、N社長が35歳の時、日本青年会議所の副委員長の時だったそうです。


2)
地元では名士中の名士ですから、25年間たくさんたくさんご支援を頂戴しています。
ご病気で入院された時以外は、毎月日創研に来て頂いています。
京都の社長塾は、第1期から15年連続、ご子息は起業家養成スクールOB、
「理念と経営・社内勉強会」は、全社員さんで400冊、毎朝45分学ぶそうです。


3)
第一回目のビジョンセミナーは、
アメリカ・カリフォルニア州モントレーのプラザホテルで行ないましたが、
この時は野生のラッコを見たりしながら、N社長とご一緒に学びました。


4)
第二回目もアメリカの同じ会場を予定していました。
なるべく「現実から離れる場」がビジョンづくりには相応しいからです。
なぜなら、現場にいてはビジョンは描けないからです。


5)
ところが、9.11のアメリカ同時多発テロ事件の影響で急遽キャンセルして、
会場を沖縄に移して以降、「ビジョン経営沖縄セミナー」として現在に至ります。

来月はシリコンバレー視察セミナーもありますが、
現場から思い切り離れることで、大きなヒントやアイデア、ビジョンが生まれるのですね。


6)
昨日は久しぶりの休暇でした。
毎日、研修や月刊『理念と経営』の原稿に追われて、真の休みは縁遠いのですが、
最高のリセットの場所が、明治の森・箕面国定公園内の「學問の道・時習堂」です。


7)
自宅から明治の森・箕面音羽山荘の駐車場まで車で約8分ですから、車を置いて歩きました。
見事に桜が咲き誇っていて、疲れがいっぺんに取れました。


8)
滝道を歩いていると、良寛禅師の辞世の句とされる
「散る桜 残る桜も 散る桜」を思い出しました。
一道を求めて生きる良寛禅師ならではの無常観ですね。


9)
私は箕面の瀧道を歩きながら、
「桜咲く 古道歩けば いにしえの 悲喜こもごもの 声ぞ聞こゆる 得山詠歌」を詠みました。

瀧道は賑わっていますが、私は「独り」になる時間を楽しんでいました。
箕面山は、西暦658年の開山ですから、呻吟を抱えた何千万の人々が歩かれた瀧道です。


10)
「箕面加古川山荘・明徳庵」に着いて、原稿に向かい始めました。
今回は、「第一の壁、第二の壁、第三の壁、第四の壁」の原稿でした。

企業には、成長や発展を妨げる壁が、たくさんあります。
成長しない理由ですが、書いてまとめながら、私自身も反省することばかりでした。


11)
今、一番ビジョンが必要で、リセットしなければならないある方に、
ビジョン経営沖縄セミナーをご案内しました。本当にお世話になっている企業様です。


12)
大きな「壁」にぶつかっておられるのですが、第一の壁の突破はビジョンの再構築しかありません。
しかし、「壁」はなかなか自覚されません。第一の壁が企業の盛衰を決めているのです。
戦略策定・経営計画達成は、第四の壁まで乗り越えなければならないのです。


13)
現在の経営理念塾からは、20年目にして初めて「経営戦略論」に、少しだけ入ろうと思っています。
「スピード経営」とは、「トータル経営」とは、
そして、経営資源の最大化は「全員経営」しかできないのですね。


14)
先日開催した「経営者の人事労務でもめないための1日セミナー」は、
全国で358名の方が参加されました。
水谷さん、塚本さん、京極さんが講師役で好評を頂戴しました。
「もう一度開催して欲しい」というアンケート結果ですが、質疑応答が活発で、基本から学ばれたと思います。


15)
私の「もめないための具体策」は、ご参加者様には文章でお送りしますが、
結論から言えば「常日頃が大事」という言葉につきます。
水谷工業さんも、道頓堀ホテルさんも、今別府産業さんも、その外多くの会員企業様は、
人を大切にし、人育て第一であり、社風が健全なのです。


16)
私も裁判問題や諸訴訟問題の相談を10数件持っていますが、
問題が起きてから「田舞さんの言う通りだった・・・」と、皆さんうなだれます。
だから、「弱気になるな!これを千載一遇のチャンスにしよう」と、繰り返し、繰り返し、言い続けました。


17)
明日から、Theマスター・コミュニケーション6か月プログラム、田舞塾と続き、
来週から31TTコースがスタートします。


18)
私はコミュニケーションの講義は出来ますが、
「あなたはコミュニケーション・マスターですか?」と問われても、
とても「はい、そうです」と答えられません。
言行不一致ですが、現在もまだ「修己修人」の一学徒です。


19)
田舞塾のケース・メソッド授業は、あるスーパーさんです。
23TTのH社長の会社ですが、設問作りながら感動しました。
H社長は目立たない方ですが、苦労を物ともせず、立派に大手やライバルと戦い、業績も好調です。


20)
H社長もよく学ばれています。
私は「無知は人生に壁をつくる」という著作を書いていますが、無知も大きな「壁」ですね。
もちろん、「何も知らないという自覚」は、ソクラテスのいう無知の知です。
怖い大きな壁は、「自分は知っている」「分かっている」という最大の壁です。


21)
何のために学問するのか?
礼記の学記篇に、しっかり書いてあります。
「学びて然る後に足らざるを知る」のですから、より学びを強化しなさいと述べてあります。


お互いに生涯学習ですね。
田舞徳太郎

プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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