人生意気に感ず、功名(こうみょう)誰か復(ま)た論ぜん(広島東洋カープのリーグ優勝に思う

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親愛なる皆様
お元気ですか。

●今日の教訓 「誰にでも与えるものがある」

「誰にでも与えるものがある。
 笑顔を与える、励ましを与える、
 求める活動から与える活動へ転換を図りたい」
 と、幸之助は一生懸命でした。

 誰もが使っている言葉で、
 世界を創造することも、
 また人を殺すことも出来るのです。

 言葉こそ、人間を変え、人間と人間を結ぶ力です。
 豊かな心は、豊かな言葉をはぐくみます。
 豊かな言葉を与えたいものです。
                                                                            
                                         木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日)


1)
プロ野球の広島東洋カープが、25年ぶり7回目のセ・リーグ優勝を決めました。
マツダの創業家が代々オーナーを務めていますが、もともとは親会社を持たない市民球団が源流です。
広島東洋カープは、存続が一時困難と言われた時代もあった球団です。
しかし、黒田博樹投手が、メジャーリーグの高額な報酬を断って広島東洋カープに戻りました。


2)
黒田博樹投手は、優勝を決めた後に男泣きしていましたが、すごく感動しました。
まさに意気に感じて広島東洋カープに復帰したことが報われた瞬間です。
我々も意気に感じて働く人たちに報いなければならないと思いました。


3)
唐の時代を築いた太宗「李世民(りせいみん)」に仕え、
太宗にいつもいましめの言葉で注意した「魏徴(ぎちょう)」は、
47歳の時に「人生意気に感ず、功名(こうみょう)誰(たれ)か復(ま)た論ぜん」という詩を遺しました(唐詩選)。


4)
「豈(あ)に艱険(かんけん)を憚(はばか)らずんや
 深く国士の恩を懐(おも)う
 人生意気に感ず
 功名(こうみょう)誰か復(ま)た論ぜん」

本来は前半がありますが、詠んだのが「函谷関(かんこくかん)」を出て、現在の山東省の戦に赴く時です。
ご存知の「箱根の山は函谷関・・・・・」と日本では歌になっている土地で、筆を置いて軍に身を投じた時です。


5)
魏徴は弁舌で天下を統一する役目を志にしていました。太宗「李世民」の反対勢力にいた人で、太宗の殺害まで企んだ人です。
「豈(あ)に艱険(かんけん)を憚(はばか)らずんや」とは、私も前途のあまりにも大きな困難にたじろでいるが、
自分のような反逆者を国の大臣にまで召し抱えてくれた、太宗の恩に何とか報いたいと思う(「深く国士の恩を懐(おも)う」)


6)
同じように、広島を優勝に導いた黒田博樹投手も、球団の恩を深く持っておられたのでしょう。
投手寿命が残り少なくなったと感じた黒田博樹投手は、金額の多寡ではなく、恩返しを考えたと思います。
人生意気に感ずとは、まさにこのことが根っこにあるからです。


7)
「人生意気に感ず、功名(こうみょう)誰か復(ま)た論ぜん」とは、
男たるものは意気に感じて物事に対処することで、功名や手柄などは気にするに足りない問題である、という意味です。
現代人には通用しないかもしれませんが、社長足る者は、幹部登用の折には、こうした心意気のある人を選びたいものですね。


8)
また、幹部たる者は、徹底して人生意気に感じて会社に尽くし、意気に感じて部下を育てて欲しいと思います。
社長幹部塾では「魏徴」の話もします。健全な価値観に基づいて、社長を諌め、部下のモチベーションを上げる努力がいるのです。


9)
マルジューの伊東さんから嬉しいメールを頂きました。今の社長幹部塾の感想です。

「今日の第2講は素晴らしい講義でした。
 幹部のやらなければならない事、また社長のやらなければならない事が、
 私も含め幹部のスタッフもわかり易く、事例を入れて頂いたのでとても良く理解出来たようです。

 帰り東陽町のピザ屋さんで、みんなと食事しながら、ディスカッションしましたが、とても良い学びができました。
 幹部の人たちは授業中も、私が見た事ないような真剣な姿で、ノート取っていました。本当に驚きでした。
 職能研修受ける前に、社長・幹部塾受けると職能研修に身が入ると思いました。・・・・・・・・・・・・・」


10)
伊東社長は現在「社長塾」で学ばれていますが、幹部育成の重要性を認識されたのだと思います。
とくに、全員が実践コース(PSV)まで学ばれている方々ですから、理解も早いのだと思います。


11)
さて、昨日は明治の森・箕面国定公園内に作った「学問の道・時習堂」に行き、一日を社長塾のために学びました。
川のせせらぎの音だけで本当に静かです。伊與田覚先生の講義のノートを取り出し、念いを深めました。
単に言葉やその意味や歴史を知っているだけでは「知識」です。私の学ぶテーマは「境地」でなければなりません。

 

12)
途中、真向いの「山本珈琲店」で閉店の夕方5時まで読書三昧でした。本当に忙中閑ありで至福の時間です。
お店の前で六時まで関係資料をまとめ、瀧安寺さんの境内でお参りをして、帰途につきました。


13)
「社長塾」関係の書物を持ちながら、箕面川の畔を音羽山荘の駐車場まで歩きましたが、すでにうす暗くなっています。
実に秋になっているのですね。光陰矢の如しです。

佐藤一斎先生の
「吾思う、我が身は天物なり。生死の権は天に在り。当(まさ)に順(したが)いて之(これ)を受くべし」の言葉で、
なかなか理解できなかった論語の一章が少し腑に落ちました。佐藤一斎先生もすべて論語から学んでいるのですからね!


14)
閑とは「自分本来の性に戻る」という意味です。やはり、忙しい中に静かな場所に身を置くと、
理屈では分かったものでも腑に落ちていない分が少しづつ肌感覚で感じられるようになります。
伊與田覚先生の代理を務める以上は、伊與田覚先生の境地を感じる努力が大事!という念いで学んでいます。


15)
帰りに、すぐに伊與田覚先生の自宅にお電話し、腑に落ちなかった分が少し紐解けました旨、
先生にお伝えをお願いしました。仮名論語を書かれた時が伊與田覚先生60代です。

「田舞さんね、60代は一番楽しいよ。人生の五つの味がよくわかる年だ」と言い聞かされました。


16)
しかし、一向にその兆しもなく、逆に「伊與田覚先生の講義」や「論語・大学・中庸」等を学ぶにつけ、
結構悩みが増えたのが私の60代でした。しかし、数えで71歳になってみて、学ぶ事の大切さにしみじみ気づかせて頂いています。
箕面「学問の道・時習堂」の門の前で、10年前の日創研20周年記念を思い出しながら、心から皆様に感謝の念いで一杯でした。


17)
日創研は、来年の3月9日で満30年を迎えます。たくさんのご受講生様や会員企業様のご支援のお蔭です。
先週末は幹部会議でしたが、川本相談役や松原社長はじめ、日本創造教育研究所グループをきちんと守ってくれる幹部や社員さんにも感謝です。


18)
若い頃、様々な苦労もしましたが、その苦労があるから学びの意味が分かるような気がします。
「若い時の苦労は買ってでもせよ」ということわざがありますが、実に重みのある言葉ですね。


19)
今週は経営指南塾、翌日の夜から前泊で胃カメラの検査、その後は再び東京に出て29TTコース。
帰阪してすぐに日創研経営研究会の本部理事会と全国経営発表大会があり、翌日からシリコンバレーです。


20)
毎年9月?11月ですが、29TTの方々や、起業家養成スクール生と再会出来るのは楽しみです。
10月は東京・大阪で特別SA研修です。過日の書物では「気づきは第二の脳」という一文に出会い、嬉しかったです。
実際、いくつで気づくか?何に気づくか?気づきをどう実践するかによって「人生が変わります」


21)
また、経営理念の大切さが色々な方々に見直されています。企業経営の根幹であり、生きる意味まで理解されます。
我々ももっと明確な経営理念体系をもって、明確に誰に何を以て貢献しているかを社員さんに伝えるべきですね。


22)
そして10月からは、東京で経営理念塾と、大阪で松下幸之助直伝の経営哲学を学ぶ経営問答塾」が始まります。
一日あたりわずか5時間の研修ですが、そこで何に気づくか?で経営が大きく変わります。松下経営哲学は社長幹部に必須です。


23)
24歳で起業して、本当に人の問題で苦労しました。悩みをもって毎月東京に勉強に行き、希望と落胆の日々を繰り返しました。
きっかけは「食べ物づくり人づくり」や「人生三観」などの理念体系です。32歳の時ですが、それが私の人生の岐路でした。
実践すべく「日本調理師学校」をつくりましたが、あえなく失敗をしたことで、今の日本創造教育研究所があります。


24)
サントリーの故・佐治敬三さんとのご縁で「やってみなはれ」という言葉を今でも信じています。実践した分しか進まないのです。
私が松下幸之助翁の経営の考え方を学び始めたのが31歳の時です。「でけへん思うたらでけへん」が脳裏にあります。
まさか日創研を創るとは夢にも思っていませんでした。しかし、人間は悩んだ分だけ道はひらけるのです。


25)
68歳の女性の方が、リオのパラリンピックの卓球の選手で頑張っています。
銅メダルを取って、金メダルを取れなかった悔し涙を流している柔道の選手もいます。

人生いろいろです。でも、挑むべき理想がない人は、次の若者にバトンをわたす責任感がないのです。

「人生意気に感ず、功名(こうみょう)誰か復(ま)た論ぜん」広島東洋カープのリーグ優勝に思う一日でした。

田舞徳太郎
 

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プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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このブログ記事について

このページは、田舞通信が2016年9月12日 09:50に書いたブログ記事です。

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