先人の苦労を知り、社長の感謝力と、幹部の忠誠心と経営感覚が会社を成長させる・創業の精神

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親愛なる皆様
お元気ですか。

●今日の教訓
「会社を引っ張っていくのは、社長ではありません。
 社長の思想であり魂なのです。
 ほとばしる強き一念によってのみ、人は動くものです。
 幸之助は、年頭の経営方針を一番重要視していました。
 そして、経営理念をいつも力強く語っていました。」

                  木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)



1)
先般は日創研のパートナー講師の方々や幹部に、日創研の教育理念の根底をメールでお伝えしました。
お世話になっている石橋講師から心温まるメールを頂き、坂東君からは留守電にコメントをもらいました。


2)
日創研の現在の成功は、多くのご受講生の皆様とパートナー講師の方々と、幹部・社員さんのお陰です。
坂東君は日創研で一番最初に出会った幹部です。私が仲人をした友人の紹介であり、当時、松下政経塾で学んでいました。
私の構想を彼に色々と話し、お互いに共感しあって日創研に入る決意をしてくれました。


3)
松下幸之助さんは、ご縁を一番大事にする経営者でした。
小学校しか出ておられないのに、劣等感もなく、気負いもなく、売名行為もなく、
「仁義礼智信」を重んじ、人間性を最大限大切にする経営者でした。
とにかく、人に対する情理を心得た、人間としての品格が高いのですね。


4)
青年会議所時代に、当時の我々の会報に「経営問答」としてご登場頂いたのが、私が31歳の時でした。
文章はすべて残していますが、悩み多き時だっただけに、ずいぶんと松下幸之助さんの言葉に救われました。
サインをもらおう!と色々な関連の本を読みながら、講演を聞き、その度に主催者にサインのお願いをしたものです。


5)
最も印象に残るのは「報恩感謝」と「素直な心」です。自分で言うのもおかしいですが、
私は今でも自分が勤務したお店の方々は大事にしています。最初のお店は本当にきつかったです。
ご主人ご夫妻とご子息は既にお亡くなりですが、石川県羽咋市にお墓参りに行きました。


6)
私が鮨屋になろうと決意させてくれた博多 音羽鮨の原口さんは、49年経った今でもお付き合いをしています。
ご病気で気持ちも弱られましたが、私は定期的にお電話をして激励をしています。
20才で精神面で夢も希望も失った時、一番支えて下さった方です。そのご恩を忘れたことはありません。


7)
そして、いつも研修でも申していますが、この博多 音羽鮨の「山本精一社長」に諭されて鮨屋になる決意をしたのです。
今でも「励まされたお言葉」と、ご恩を忘れません。厳しい社長でしたが大恩人です。
独立した後、人で困った時に「職人さんの応援」のお願いでお電話しました。


8)
福岡から大阪へすぐに応援をよこして下さったのが、音羽山荘で現在も頑張っている「佐々木君」です。
原口さんのお口添えもあったと思いますが、本当に困った時には多くの方々が助けて下さいました。
私は後藤清香先生の「本気」という詩が大好きです。日創研の創業の時に念じていました。
「本気でしていると誰かが助けてくれる!」これは私の心からの実感です。


9)
独立する時も「ごんた鮨」の藤原社長様に応援を頂き、資金の応援だけではなく保証人までして下さいました。
我われ音羽鮨は、どんなに良い立地が出ても、「ごんた鮨」様の「広い領域にお店を出す」ということは絶対にしていません。
恩義のある方に弓を引くようなことは、伊與田覚先生のいわれるように「天」が許さないのです。


10)
中小企業の活性化のために、月刊『理念と経営』を出していますが、
我々はお付き合いしている出版社の社長に、川本さんと一緒に事前にお許しを乞いに行きました。
「やめて欲しい!」と言われたら、お付き合いがあるわけですから、すぐに止めるという決意でした。
他人様の気分を害してまで、自分の意向を通すのは、仁義・人の道に外れるからです。


11)
坂東君には、パートナー講師へのメールで「君のお陰で僕の人生は豊かになった」と短い文章を添えました。
今でも、自分の都合ではなく、我々日本創造教育研究所を支えてくれています。
過日、彼から携帯電話に留守電が入っていました。創業当時と、私を労う言葉でした。
(今でも、毎日それを聞きながら、本当に私の理不尽さについてきてくれた事に感謝しています)


12)
先週末は全日本マネジメントコーチング協会の全国大会で、全国各地からたくさんの人が参加されました。
事例発表企業として「ピーターパンの横手会長と大橋社長」に講演を頂きました。
横手会長は8TTコース修了ですから、21年前のお話や、大阪の業績アップ6か月研修や、
そのアドバイザーの経験談もお聞きして、サウナで話し合ったことを思い出しました。
幹部の黒澤さん(29TT)もご参加でしたが、本当に素晴らしいご成功を心からお祝い申し上げます。


13)
次のパネルディスカッションでは、
創業メンバーであるマネジメント養成6か月コース担当の檜山講師と、
企業内マネジメントコーチング6か月プログラム担当の湯ノ口講師の三人で行ないました。
松原社長も創業メンバーですが、彼には職能教育を将来担当してもらうべく「音羽での修行」をお願いしました。
今は立派に社長業と職能教育の講師で頑張ってもらっています。


14)
様々な人たちが創業メンバーで集まってくれましたが、
ついてきてくれたのは川本さんのたくさんの配慮のお陰だと思います。
私は脇目も振らずに突進するタイプでしたから、今思うと理不尽だったと思います。
坂東君も、湯ノ口君も、檜山君も、松原君も、杵渕君も、澤田さんも、
川本さんが陰で彼らを励まし理念を伝えて尽力してくださっていたのです。


15)
多くの中小企業経営者が幹部育成には苦労されていますが、
やはり、立派な幹部を育成するには、社長の厳しさをフォローする川本さんのような人がいるのですね。
私は10年ほど前から「社長幹部塾」を行なっていますが、体験で「幹部の成長と定着のメカニズム」を講義しています。


16)
今日の教訓で「会社を引っ張っていくのは、社長ではありません。社長の思想であり魂なのです。
ほとばしる強き一念によってのみ、人は動くものです。」と松下幸之助さんは述べていますが、
日創研の場合は「川本さん」なくして、誰も私にはついてこなかったと思います。他の会社も同じです。
だから、そのための「社長幹部塾」なのです。私は努力しましたが、幹部がいなければどんな会社も短命です。


17)
社長が脇目を振らずに自分の志に邁進できるのは、縁の下で、真に支え、幹部を育てる人がいるのです。
現在、松原君が一番厳しい音羽の修行を乗り越えて社長をしていますが、日創研の成長は私が「5%」で、
幹部や社員さんの苦労が「45%」で、今でも支えて下さっているご受講生やパートナー講師の皆様が50%です。


18)
当日は日本創造教育研究所の根底にある教育理念と使命を、本音でお伝えしました。
私が35歳の時の調理師学校開設のことにも触れました。開校のパンフレットがありますが、
私は第一に「人間教育」を掲げ、第二に「経営感覚をもった人財育成」をあげ、
最後に、調理の技術を、その開校案内と生徒募集にあげています。日創研の構想はありませんでしたが、今でも当時と全く変わりません。


19)
人生は一度しかありません。「あの人は恩ある人を裏切ってまで金儲けした」と言われる人生は、
誠に子供たちや孫たちに相済みません。田里亦無先生も、坂村真民先生も、小島直記先生にも、
徹底して「報恩感謝」を叩き込まれましたし、伊與田覚先生には「仁義礼智信」を叩き込まれています。


20)
まだまだ71歳になっても至りません。恥ずかしい限りですが、社長や幹部のあるべき姿にも触れました。
皆様方に述べる資格はありませんが、「巧言令色鮮し仁」にも触れて反省しました。
「令色」がないことは誇れますが、「巧言」は講師が一番注意すべきことです。


21)
伊與田覚先生は、「教えられたことを自得せずに人に教えるのは、浅い人間のすることだ」と述べられます。
小島直記先生にもそこを厳しく教えられ、伊與田覚先生には優しく諭されています。なかなか難しいことです。
私が一番気をつけなければいけないと毎日が反省です。レベルの高いご受講生の方々はすぐに見抜くと思います。


22)
懇親会の折、私の次男がいて「父親としての感想」を発表する「場面」がありました。やはり、お金に関することです。
「努力せずにお金を手にしてはいけない!」と、銀杏拾いや、音羽の店頭でのチラシ配りを幼い時からさせました。
もちろん、お正月のお年玉は絶対禁止です。訪問する方は子供に義理で渡されます。子供の努力ではないのです。

23)
だから、私の研修では、「お金が欲しいならもっと努力しよう!」と社長にも幹部にも社員さんにも訴えています。
現代は「努力」という言葉が死後になりつつあります。我われの成功は、先人の努力の上にあるのです。
先人の血と汗と悲しみの体験を忘れて、自分一人の力で成功したなどと、口が裂けてもいえないと思います。

先人の恩義に感謝し、親に感謝し、お客様に感謝し、幹部さんや社員さんの恩義を忘れないのが創業の精神です。

生意気申し上げました。横手さん・湯ノ口君・檜山君・ご参加者の皆様方に感謝です。

最後にスタンフォード大学から高橋明希さんありがとう。来日された教授にもよろしくお伝え下さい。

田舞徳太郎
 

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プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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このブログ記事について

このページは、田舞通信が2016年7月12日 08:20に書いたブログ記事です。

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