苦しみを乗りこえて(タイで戦う3人の経営者)

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親愛なる皆様
お元気ですか。


●今日の教訓

「僕は二人で仕事を始めた時から、
 いつ仕事を辞めて(会社を解散)も人様に迷惑をかけないようにと、
 考え考えやってきた。だから無借金経営や。そしてダム経営や」

 と、幸之助は、王道の経営に徹して、どこまでも美しく、
 どこまでも厳しく、自分と向き合って、自己観照していました。
 人様に迷惑をかけない経営こそ王道なのです。

     木野 親之 著「松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日」より

メールの返信が出来ずにいます。
心よりお詫びを申し上げます。お許しください。
田舞徳太郎


1)
この大型連休は4泊5日でタイへ行ってまいりました。
日本創造教育研究所の会員企業様の企業視察を兼ねて、
気分転換に気軽にお付き合い出来る仲間を誘っての旅です。


2)
1981年にタイに行って以来でしたが、
本当に凄い勢いで工業化が進んでいましたし、
道路が駐車場と言われるように、車が混んで渋滞続きでした。


3)
32年前はタイを拠点にして、カンボジアやラオス国境を回り、
当時話題になったインドシナ難民のキャンプを調査・視察しました。
大砲の音を聞きながら色々なキャンプを回りましたが、
今は平和を取り戻し、近隣国も経済発展著しくなっています。


4)
当時はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に応援頂き、
毎日新聞の荒巻さんという記者にもお世話になりました。
西崎憲治君というボランティアの仲間が銃で撃たれ亡くなりましたが、
アランヤプラテートという街での出来事で、色々と案内をして下さっただけに、
その後の私の活動も激しくなりました。



5)
当時の日本は難民条約の批准をしておらず、
帰国してからも政府に色々と働きかけたり、
インドシナ難民に関わる方々の会に出て運動を展開しました。


6)
やはり、若さというのは何ものにも代えがたいものですね。
若い時にしか出来ない行動力や実行力があると思います(無茶と紙一重)
懐かしく思いだしながらのタイの4日間でした。


7)
3社の企業を訪問しました。
最初に訪問したのは三輝ブラストさんです。
S社長は月刊『理念と経営』の「逆境!その時経営者は!」に登場されていますが、
本当にギリギリのところで戦っているなと思いました。

8)
日本に2社、香港に1社、中国に1社ありますが、業績は堅調です。
中国における成功のノウハウを持って、
昨年にバンコクから1時間ほどのアユタヤ(洪水で浸かった場所)に、
あえて工場を作り、電子部品や自動車部品を製造しておられます。


9)
24TT(企業内教育インストラクター養成コース)修了のKさんが、
TT修了と同時にアユタヤに飛び準備に取り掛かりました。
洪水で再び浸かるかもしれないリスクをとって、あえて現在地に決定されたのです。


10)
S社長は社長塾に来られたり、
田舞塾に毎回参加されていますが、
田舞塾がある面厳しい現状を癒してくれると述べておられました。



11)
洪水の余波で、得意先がアユタヤから移転し、
当初の計画通りに売上がまだ伸びていないのです。
タイで上場するというビジョンを持っておられますが、それが支えのようです。


12)
S社長は大胆な中に非常に繊細なモノを持っておられ、
食事をしながらお互いに本音で語り合いましたが、
「工場を作ってから今日まで苦しいの一言に尽きますよ」と述べられました。


13)
この秋からはかなりの受注だそうですが、
苦しい・・・・・という気持ちは本当に分かります。
私も日本創造教育研究所を設立し、軌道に乗るまでの4年間は苦しかったです。


14)
でも、若さなのでしょうね。
当時は本当に必死で頑張り続けました(命がけでした)
今は、変に分別がついてしまって大人しくなり先頭に立たなくなりました。
(その分人が育っていますから、世の中はキチンとバランスが取れています)


15)
黒田精機製作所さんの会社も片道3時間かけて訪問しました。
見事な工場で、日本の色々な工場よりも格段にマネジメントがなされていました。
日本の本社工場も敵わない位、5S、視える化、TPS(トヨタ生産方式)が見事でした。


16)
とくに黒田精機製作所さんは十数年前からタイに進出され、
アジア通貨危機も体験され、非常に際どい所まで苦境に立たされました。
(月刊『理念と経営』の「逆境!その時経営者は!」に登場されています)


17)
タイはほほ笑みの国といわれるようですが、
S社長もK社長も微笑みの中に色々なご苦労を乗りこえて来られているのですね。
お二人の色々な体験の話を聞いて本当に感動しました。


18)
とくに、黒田精機製作所さんからバンコクに帰る途中は、
K社長が帰りの道案内を1時間半もして下さり、
製造業のおもてなしを痛感し、感動しました。


19)
タイは日本車が全体の80%のシェアを獲得しているそうです。
どこかの国と違い親日ですし、賄賂が横行したりする国ではありません。
やはり、中国のように覇権主義はいけませんね。
仏教の国らしく、非常に穏やかで住みやすいようです。



20)
もう1社はSPK(サトープレス工業)様です。
やはり、日本創造教育研究所の会員企業様ですが、
昨年は社長幹部塾で6名も参加され、このタイ進出を議論されていました。
S社長も律儀な方で、社長塾に来て学んでおられますが、
1万3000坪の土地に立派な工場が完成していました。
成功して欲しいですね。


21)
SPKさんは、一枚の板金を深しぼりして自由な形にする、
非常に特殊なプレス加工ですが、これから操業ということで準備段階でした。
黒田精機製作所さんと同じ工業団地で、4億近い投資でのタイ進出です。


22)
日本の製造業で働く人はつい最近まで1600万人でしたが、
現在は51年ぶりに1000万人を割り込みました。空洞化が叫ばれて久しいですが、
今後も益々このトレンドは続くでしょう。

日本で受注するにしても、海外に工場がないと受注出来にくい時代だそうです。
日本で研究開発して、海外で製造して、利益の一部は日本に送りこむ・・・・・
グローバルな時代だけに、我々も長期的な考え方が大事です。

やっぱり3名の社長様のように「可能思考能力」を磨く必要がありますね!

田舞徳太郎

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プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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このブログ記事について

このページは、田舞通信が2013年5月 7日 19:15に書いたブログ記事です。

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