先縁への感謝(谷井昭雄第4代目社長にパナソニックミュージアムをご案内頂いて思う)

| コメント(0)

親愛なる皆様
お元気ですか。


1)
先日、パナソニックの谷井昭雄第4代目社長からのお招きに預かり、
大阪府門真市のパナソニック本社のミュージアムを見学させて頂きました。


2)
もともとは、1968年の創業50周年記念として、
パナソニック創業者の松下幸之助翁の思いを未来へ託すため、
1933年竣工した門真移転当時の第3次本店の建物を再現した旧・松下幸之助歴史館が由来です。


3)
今年3月の創業100周年を機に、第3次本店の外観や建設場所を忠実に再現して、
新たに建設された「松下幸之助歴史館」、旧・歴史館をリニューアルした「ものづくりイズム館」と、
2006年4月にオープンした「さくら広場」などで構成されています。


4)
新設の松下幸之助歴史館は、松下幸之助翁の94年の生涯を、
1章「礎」丁稚奉公から電気の世界へ
2章「創業」創業の時代
3章「命知」使命を知る
4章「苦境」戦争と戦後苦難の時代
5章「飛躍」再建から飛躍へ
6章「打開」不況打開に動く
7章「経世」尽きせぬ繁栄への思い の7つの章で構成。

松下幸之助翁が、94年間歩んできた「道」をたどることが出来ました。


5)
松下幸之助歴史館に着くと、「創業者 松下幸之助翁寿像」と、
門真移転時に植えられた樹齢85年の「カイヅカイブキ」がそびえ立ち、
お出迎え頂いた谷井昭雄第4代目社長と記念撮影の栄に浴しました。


6)
歴史館の中に入ると、松下幸之助翁の伝承の始まりにふさわしく、
「道をひらく」の一節「道」の文章が掲げられていました。
「自分には自分に与えられた道がある」から始まる、何度読んでも味わい深い文章です。


7)
そこから貴賓室にご案内頂き、パナソニック本社応接室に掛けられてあったという、
松下幸之助翁の大きな肖像画の前で、山田館長、元・社史室主幹の恵崎様に
建物のご説明を頂戴した後、谷井昭雄第4代目社長直々に歴史館の中をご案内頂きました。


8)
最初に目に入るのは立派な松の木。
「松下」の姓は、樹齢数百年という松の大樹のそばに家があったからと言われています。
明治27年に8人兄弟の末っ子として生まれ、一番かわいがられて育ったものの、
4歳の時に父がコメの先物取引で家が破たんし、9歳から丁稚奉公に出されたわけです。


9)
私自身も父が昭和35年に炭坑不況の直撃で会社が倒産し、
中学卒業と同時に父の借金返済のため、大阪の寿司屋で働き始めましたので、
どうしても松下幸之助翁のご苦労が自分の体験と時折重ね合わせることがあります。
強い勇気を頂戴しました。


10)
小学校4年生までしか学校へ通えず、現在の関西大倉高校の夜学に通われますが、
口述筆記についていけなかったようで、その挫折体験を活かされています。


11)
まさに、SAコースでいう、すべての困難を可能思考能力で乗り越えられ、
むめの夫人と、義理の弟の井植歳男さんのわずか三人で創業した、
当時の松下電気器具製作所を一代で日本を代表する企業へと発展させました。


12)
私自身は山下俊彦第3代目社長にもお世話になり、日創研の会員企業様までご紹介を頂きました。
人は一人で成功するのではなく、気づきの能力と、多くの方々のご支援で物事を為していくのですね。
基礎コース(SA)では、松下幸之助翁の偉大さを毎回お伝えしていますが、
本当に凄い方で、まるで夢のようです。


13)
谷井昭雄第4代目社長、山田館長、恵崎様には、
7つの章の構成に沿って約3時間にわたって歴史館をご案内頂き、
初めてお伺いしたエピソードと共に、深掘り出来たことも多くありました。


14)
旧・歴史館は何度か訪問させて頂きましたが、リニューアルした「ものづくりイズム館」では、
当時の松下電器の技術の総帥として活躍した中尾哲二郎氏に感動しました。
私は、すでに「社長一人では経営出来ない」「だから経営幹部を育てなさい」と、
繰り返し繰り返しお伝えしてきました。成功に不可欠です。


15)
パナソニックミュージアムを見学して、松下幸之助翁の数多くのお言葉に触れましたが、
その中でも心に残った言葉を一つだけご紹介したいと思います。

「製品には、親切味、情味、奥ゆかしさ、ゆとりの多分に含まれたるものを製出し、
 需要者に喜ばれることを根本的の信念とすること。」


16)
上記の言葉は、昭和17年10月に「製品劣化に関する注意」として、
太平洋戦争の戦禍による資材の入手難で、商品の劣悪化さらに進む気配の中で、
松下幸之助翁が憂慮して社主として出した通達だそうです。


17)
この言葉こそ、お客様そして社員さんに対する優しさと思いやりに溢れた、
まさしく松下幸之助翁の「忠恕」であり、「仁」が滲み出ている言葉だと思いました。


18)
最後には、谷井昭雄第4代目社長との歓談のお時間まで頂戴し、
帰る頃には、空の色はきれいな夕焼けの色に変わっていました。

「紀ノ川で 母と別れし 哀しみを 抱きつつ翁の 生きる旅跡」 得山詠歌


19)
豊田佐吉・喜一郎親子など、日本経済の礎を築いた偉大な人物から学ぶ際には、
何度も何度も生家や、その人物と共に時間を費やさなければなりません。
様々な人物のお墓参りもよくしました。
もちろん、和歌山県和佐村の松下幸之助翁の生家跡やお墓も随分訪ねました。


20)
伊與田覚先生とのご縁を結んで下さったのが谷井昭雄第4代目社長で、
我々日創研の社長塾のために霊山歴史館を改装下さり、大変お世話になっています。
そして、過日、このようなお時間を頂戴出来ましたのも、
パナソニック終身客員の木野親之先生がご縁を結んで下さったお陰です。


21)
木野親之先生無くしては有り得なかったご縁ですから、
先縁を大切さにしなければと深く気づかせて頂きました。
木野親之先生に改めて感謝の気持ちを込めて、帰りの車中に心の中で手を合わせました。

 

22)
大型連休が明けた週末の5月12日(土)には、
「松下幸之助翁に学ぶ人財育成の要諦十三ヶ条一日セミナー」を、
6月には木野親之先生による「松下幸之助翁に学ぶ経営問答塾」が始まります。


23)
畏敬の念を込めて松下幸之助翁の追っかけを青年会議所時代からしていました。
信ずる者は救われます。ご縁に感謝しています。
昨夜は、古巣の川西青年会議所での例会講演でした。
驚くほどの礼儀正しさとおもてなしに、涙をこらえながらの講演でした。


24)
大型連休の前半は、天皇陛下と皇后さまが戦後70年の節目の年に慰霊の旅をされた
パラオの戦跡へ、私も慰霊に行って来ます。

田舞徳太郎

コメントする

プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type