故に、ビジョンとは、あたかも10年後を実現したかのような模擬体験。 (切に念えば必ず遂ぐるなり・道元禅師)

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親愛なる皆様
お元気ですか。


◎月刊『理念と経営』3月号の「決断の瞬間」。サントリーの佐治敬三元会長との思い出。

「私のサントリーさんとのご縁は、佐治敬三元会長との出会いでした。

 青年会議所時代に、近畿地区大会がリーガロイヤルホテルで開催されました。
 広い光淋の間に2,500名が集まりました。

 講演テーマは、「やってみなはれ」でした。
 JCの先輩でもあり、正面から睨みつけるように一言一言をメモし、感動し、熱くなりました。
 お手紙を126通出し続けて、ご依頼し続けたことがきっかけです。

 あれから40年以上経ちますが、
 サントリーさんには、現在でも月刊『理念と経営』など多岐にわたってご支援頂き、
 日本創造教育研究所の創業時は、佐治敬三元会長に代表発起人になって頂きました。

 人様とのご縁は自分を売り込むものではなく、確かなビジョンやミッションに、大義がなければ続きません。
 松下経営哲学は偉大な経営哲学です。
 社長塾の伊與田覚先生とは、パナソニックの谷井昭雄四代目社長とのご縁です。

 田舞徳太郎


●今日の教訓

「事業は無理したらアカン」

「事業は、無理したらアカン。
 また、人に借りをつくってはアカン。人様には貸しをつくりなさい。
 ギブ・アンド・テイクというが、僕は、これまでギブ・ギブ・ギブでやってきたよ。
 だから後悔しないですんだ」

 経営の極意は、「自然に従う」ことから始まるのです。
 理に叶う念いをもってこそすべては成功します。

                        木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)


1)
過日は、第25期起業家養成スクールの「創業の精神」と題したOBによる講演でした。
活躍している人たちが多過ぎて、講師選定に毎回迷います。
選ばれた一人が、帯広の板倉社長です。
現在は約9%の経常利益率で、大きな債務を抱えてからの業績ですから立派です。


2)
その板倉社長からのお礼のメールです。

「卒業して12年間。あっという間でした。
 2年間、起業家に行く事を拒絶し続けていましたが、
 2005年の12月、札幌センターにて田舞の親父と面談しました。

 怒鳴られた上に、強制的に申込書を書かされた時から、私の人生は変わっていきました。

 多額の不良債権を背負い、社員さんにも苦労をかけ、
 本当に会社が苦しいときに起業家に行かせていただいたことに、感謝の気持ちしかありません。

 振り返ると、どうすれば良い会社になれるのか、
 どうすれば社員さんを幸せにできるのかを考え続けた12年間でした。

 社風もかなり変わっていき、業績も良くなってきました。」


3)
どんな人生にも色々なことがあります。
可能思考能力は、困難の時にこそ必要であり、上手くいっている時に余り必要はないのです。
しかし、古典にも「霜(しも)を履(ふ)みて堅氷(けんひょう)至る」の言葉があるように、
安易さが一番怖いのです。危機感は可能思考能力の大きな要素です。


4)
この「霜(しも)を履(ふ)みて・・・」の意味は、企業経営にとって示唆に富んだものです。
つまり、ある日突然、堅い氷に閉ざされる冬はないのです。
季節は初霜が感じられる程度で、危機は徐々に進行しています。
我われ企業経営者は注意深く見つめることが大事なのです。予兆はあるのです。


5)
この予兆を見る力こそ、可能思考能力の最大要素でもあるのです。
前進すべきか?後退すべきか?どうするべきか?その判断力が可能思考能力なのです。
これまでに、基礎コース(SA)された70万人近くの方が、人生のビジョンを発表されました。


6)
ところが、真のビジョンに気づいた人たちは、次々に学んでいかれるのです。
この起業家養成スクール生の板倉社長も同じです。
彼は基礎コース(SA)で気づき、重い荷物を背負う現会長であるお父様と、
働く幹部さんや社員さんを「これから、どのように導くべきか?」のビジョンを立てました。


7)
板倉社長のメールにあった、多額の不良債権は決して現会長のお父様の失敗ではなく、
高等手段で4億円の詐欺工事に遭ってしまわれたのです。
日創研はこのお父様に今でも助けられていますが、その危機を息子の板倉社長も一緒に乗り切ったのです。


8)
講演は素晴らしい内容でした。実体験ですから「心を打つ」のですね。
板倉社長は、当時からすると大きく成長していました。


9)
先週末から第15期目の社長塾が、京都の霊山歴史館で始まりました。
ご参加頂いた皆様はもちろん、ご紹介頂いた方々に心よりお礼を申し上げます。
(故・大東会長のご冥福を坂本龍馬のお墓に向かって祈念しました。)


10)
初めてご参加の方たちのためにかなり準備しましたが、
第三講座の大學の講座は、情報過多で少し分かりにくかったと心配しています。
わずか一時間半ですから、すぐに分かるような内容ではないにしても、毎回どの研修も反省ばかりです。


11)
可能思考能力も脳科学的に大事な要素です。
一昨日には、アドバイザー全員が滋賀経営研究会のメンバーという
実践コース(PSV)が終わりました。


12)
可能思考教育で、「なぜ、実践コース(PSV)が大事なのかがようやく分かった」と、
現役ファシリテーターのO社長が、アドバイザー体験で痛感されたそうです。
智慧とは「経験していないことを、あたかも経験したかのように想像する能力」だと、
脳科学の観点では言うのです。


13)
また、昨日は大阪センターで経営理念塾の第二講を開催しました。
今回で三回目のご参加の方もおられ、
先月の第一講では経営者の条件や資質についてディスカッションして頂きました。
今回は、正しい経営理念に関してディスカッションをして頂きました。


14)
「正しい経営理念をもつことが大切なのである」と松下幸之助翁も仰ってました。
どんなに今業績が良くても、「安きに居りて危うきを思う」気持ちを失ったら終わりですね。


15)
「人間は易きに流れる生き物だから、教育の仕事は大変ですよ」と、伊與田覚先生に言われ続けました。
経営理念の大きな役割の一つが、「自己を律する」つまりブレーキでなければならないのです。


16)
私はブレーキを踏んでいるようで、いつもアクセルを踏み続けています。
日創研のスタッフに聞いてみてください。
理由は「ビジョン」や「夢みる力」は高い方だからです。


17)
経営理念がブレーキなのに対して、ビジョンはアクセル役です。
ビジョンなき経営は衰退の一途を辿ります。
ビジョンが未来を創造し、予期せぬ10年後を産み出してくれます。


18)
第18回目にあたる、今年のビジョン経営沖縄セミナーは4月16日(月)からです。
今年から、ビジョン達成のためのマーケティングの講義も入ります。


19)
日創研は、単なる夢物語のビジョンではなく、ビジョンアプローチという明確な手法で行ないます。
その上に具体策としてマーケティングを加えました。
新春経営者セミナーでご講演頂いた、JR九州の唐池会長のビジョンには感動しました。


20)
JR東日本、西日本、東海のJR本州三社は、
首都圏の在来線や東海道・山陽新幹線という強大な収益基盤を持っていますが、
JR九州は、本業の鉄道部門が昨年初めて黒字転換したため、そのご苦労が分かります。


21)
しかし、唐池会長の凄さは、ビジョン(夢見る力)と夢を実現する力ですね。
脳科学的観点でも「念い」は必ず叶うようになっているのです。
ただ、念いが弱ければ、弱いという自覚のないまま、「あきらめ・言い訳・人のせい」になってしまうのです。


22)
脳科学のレジュメ案が出来ました。
「失敗や逆境は脳を鍛え成功の元になり得る。その体験をしている人の方が智慧が豊かになる」と、
お二人の脳科学者の先生の結論です。


23)
同じ失敗を繰り返す人もいます。
ここに経営理念塾や、ビジョン経営沖縄セミナーの不可欠さがあるのです。
昨日送信したFAX通信に、
「ビジョンなき経営は衰退を辿る」というタイトルで流しましたが、ビジョンが欠かせぬ時代です。


24)
社長塾でお伝えしている、2,500年前の「仁義礼智信」が見事に証明されます。
故に、ビジョンとは、あたかも10年後を実現したかのような模擬体験なのです。


25)
脳内でイメージされたものに人間が舵を切り続けたら、間違いなく辿り着けるのですね。
上手くいかない人の特徴は、
「あれをやってはうまくいかない・・・これをやってはうまくいかない・・・。」です。

一度しかない人生で、激変の時代に、経営理念やビジョンが希薄では「舵のない軍艦」のようなものですね。


最後になりましたが、孝行息子の板倉社長ありがとう。


田舞徳太郎

 

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プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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このブログ記事について

このページは、田舞通信が2018年3月27日 11:30に書いたブログ記事です。

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