78億円の負債会社を30歳の青年は継承する覚悟をした (力なき者は中道にして廃す。今、汝は画(かぎ)れり)

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親愛なる皆様

お元気ですか。


●今日の教訓(松下経営哲学)

 如何なる不況の中にも成功が潜んでいるものです。
 ただ我々にはどこにあるかを知らないだけです。

 幸之助は、内なる志と社会の要請が一致すれば、
 そこには不景気も景気もないと確信して、
 世界の大恐慌の時も、逆に成長発展をしていったのです。

                             木野親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)


1)
東京センターで、第10回目の全日本マネジメントコーチング協会の全国大会を開催しました。
今回は築地玉寿司の中野里社長の素晴らしい講演をお聞きしました。
頭が下がるような思いとはこういうことだと思いました。


2)
今年に入ってからも、社長塾の講師の皆様方や、田舞塾の講師の皆様が最高に素晴らしいです。
関家具の関社長、ハウステンボスの澤田社長、徳真会の松村理事長、商品開発の鈴木さんなど、連続で深く深く学ばせて頂きました。


3)
講師の皆様全員のお言葉に感動するだけではなく、成功に至るまでの「心の戦い」と、
それを乗り越えて実績を作っておられるからです。
苦難の連続であり、それをものともせぬ前向きさで「乗り越え」「やりぬき」続けて来られたからです。


4)
今回の「築地玉寿司」の中野里社長ご講演にも、本当に感動しました。
まだお若いのに、彼は田里亦無先生や伊與田覚先生のいう「一の世界」にすでにたどり着き、
「容赦のない体験」を乗り越えてこられました。このメールも興奮しながら書いています。


5)
築地玉寿司さんは、本年で創業94年目を迎えられます。90周年記念式典には万障繰り合わせて参加しました。
中野里社長は23TTコースを卒業され、店長さんは全員が実践コース(PSV)まで終わっておられます。


6)
中野里社長のご講演に感動したもう一つの理由は、私が中野里社長のお父様にご恩を感じていたからです。
渡辺英幸先生の勉強会でも、中野里社長のお父様には色々とお教え頂き、
毎月、大阪から幹部を連れて「築地玉寿司」さんの視察をさせて頂きました。


7)
それだけではありません。新業態を開発(鮨屋のイノベーション)され、私もその業態のお店を出すべく、
お教えを乞いに出掛けたのと同時に、お願いをして「お店の設計図」までお借りし、見事大繁盛しました。


8)
「久敬(きゅうけい)」という言葉が論語では出てきますが、一度敬った人には生涯「久敬」を破らないと言う意味です。
自分が成功してくると、あるいは親しくなり過ぎると、我々はつい「久敬」を忘れて、気安く振舞うようになります。


9)
単純に申しますと、田里亦無先生・小島直記先生・伊與田覚先生も、私の言動態度を観察され「久敬」を試されていたと思います。
田里亦無先生は、私が日本創造教育研究所を設立すると、
私が毎月通っていた鎌倉から、わざわざ大阪センターに来て下さり、毎回、講義の後は私の自宅にお泊り頂きました。
子供のように可愛がって下さいましたが、私は亡くなるまで「久敬」を崩しませんでした。


10)
小島直記先生も代表発起人として住まいを日創研の近くに移されて、ご夫婦で応援下さり、色々な事柄をご教授頂きました。
当時、松下電器産業で取締役の序列26人中25番目から社長に抜擢された山下 俊彦社長(当時)と、
小島直記先生の三人で毎年12月に忘年会をさせて頂きました。


11)
すべては、小島直記先生の人脈であり、私はいつも6時間正座したまま、囲碁の対局を見つめ、食事会をご一緒しました。
足はしびれ、腰は痛み、背中まで痛みが走りますが、「久敬」を失っては「人間」を見られるのです。ジッと耐えた事を思い出します。


12)
伊與田覚先生には、一度もお叱りを受けたことはありませんでした。
しかし、「久敬」を守れるか否かが問われる毎回の社長塾でした。
もちろん、媚びを売ることは最悪であり、下愚の謗りは避けられません。世の中に通用するのは誠だけだと思います。


13)
そういう意味で、中野里社長のお父様は我われ寿司業界の先駆者であり、色々とお世話になった方でした。
12年前、社長幹部塾で、東京センターに数名でご参加されました。暗い雰囲気でしたが、ディスカッションの折にテーブルまで行ったのです。
名札をみると「中野里」と書いてあり、滅多にないお名前なので、「あのー、もしかしたら玉寿司さんですか?」とお聞きしました。


14)
それが中野里社長との最初の出会いであり、先代にどんなにお世話になったかと、詳しくお話しながらおつきあいが始まりました。
資金的にも精神的にもかなり苦しまれた時でしたが、基礎コース(SA)を受けた後に、可能思考教育を導入する決意をされました。
なかなか言い出せずに、すし職人の「宮田さん」を映画に誘われたのです。


15)
映画を見終わったあと、「社長、何か言いたいことがあるのですか?」
それが、日創研の可能思考教育の導入のきっかけとなったのです。
宮田さんは熱心に中野里社長の念いを伝え、徐々に広がり、マネジメント養成6か月コースなど、
次々と様々な色々な研修を学び、今回も「宮田ファン」がたくさん集まって下さいました。


16)
中野里社長はアメリカの大学を出て帰国し、27歳で玉寿司に入社しますが、会社の実態を知ることになるのです。
78億円の負債を聞かされ、中野里社長は一時的に絶望に陥りますが、アメリカで培われた起業家精神に火を点けたのは当然です。


17)
可能思考研修は、ある面、目に見えないものです。
すぐに効果が出るものではなく、「まさに、いざ!」という時に潜在意識から湧いてくるのです。
起業家精神も同じで、普段は必要ないのです。
中野里社長には、無理をお願いして月刊『理念と経営』の「逆境!その時経営者は・・・」にご登場頂きました。


18)
やはり、成功する人の特徴は自分を飾らないことです。
質問に対して、
「私は承認をもらうために努力したのではありません。ご先祖様、祖母、祖父の歴史を繋いでいきたかったからです。」
多くの現代人が「承認を求める為に、見せる努力」をし、部下に媚びたり、自分を「良い子」に見せて生きています。


19)
しかし、彼は祖父祖母父の三代の写真をパワーポイントで映し出しながら、
「玉寿司の歴史を守りたいの一念でした!」と述べられました。
私は幾度かお聞きしていますが、涙が止まりませんでした。
社長就任が30歳、78億円の負債を、あえて「引き受ける覚悟」を決めた瞬間でした。


20)
お父様もご立派です。要石(かなめいし)と捨て石のたとえ話をして、家も手放す、名誉も手放す、これを捨て石にする。

しかし要石は、
1.暖簾の信頼
2.社員さんを守る
3.お前という後継者がいる

上手に逃げ道を作って、人様に迷惑をかける生き方ではなく、潔く丸裸になってやり直す覚悟を親子でするのです。


21)
ここからが中野里社長の本当の戦いの始まりでした。
今回はお話をされませんでしたが、全店舗を回り、全員に頭を下げて回られました。
デペロッパーからの契約打ち切りの通告は、中野里社長の心を引き裂こうとしました。
しかし、彼はめげなかったのです。腹が据わると強いのでしょう。と同時に、やはり起業家精神の発揮でした。


22)
しかし、「積善の家に余慶あり、積不善の家に余殃(よおう)あり」です。
中野里さんを毛嫌いしていた行員が、必死で努力する彼に奇跡的に「手」を差し伸べてくれたそうです。
絶体絶命の難を救われた時、路上でパフォーマーする人の光景を見ながら、
目にいっぱい涙をためて、次の策を考えたそうです。


23)
うれしかったのは、中野里社長が苦しかった時に、

「中野里さん、荷物が重たいのではないよ。自分の力が足りないのです。
 力が出来たら荷物は軽くなり、自分の力不足が笑えるようになる。10年後にそれが大きな財産になりますよ・・・」と、
 私が言ったことを覚えて下さっていたことです。


24)
日創研の創業で苦かった時、創業メンバーの坂東君・川本さん・檜山君・湯ノ口君・松原君で、
実践コース(PSV)教材用のカードを作りました。
「荷物が重たいのではない。力が足りないのだ」という言葉は、
孔子さまの弟子が、愚痴をこぼした時の孔子さまとされる言葉の引用です。


25)
中野里社長にそのようにお伝えし、
語源は、孔子さまが、途中で色々な言い訳をいう弟子に向かって、
「力なき者は中道にして廃す。今、汝は画(かぎ)れり」と語った時のものだと伝えました。


26)
本当に今回の全日本マネジメントコーチング協会の全国大会は感激しました。
籠田さん、横手さん、日高さん、湯ノ口君、パネラー、コーディネーターの皆様、ありがとうございました。
折しも、当日は東京都議会選挙の投票日で、結果が出ました。スペインの哲学者ホセ・オルテガのいう「大衆の反逆」です。


27)
自民党の圧倒的な敗北は何を語るのでしょう。我々は安易に考えてはいけません。
日本はどこに向かうのか?
精神的貴族の志をを失った指導層には、大衆も反逆するのです。逆も真なりです。
この点は、Theマスターコミュニケーション6か月プログラム最終講で、きちんとまとめます。


28)
玉寿司さんは、第19期田舞塾でケース・メソッド授業をさせて頂きます。
中野里さん親子に感謝申し上げますと共に、
今日も、生きている甲斐を強く感じさせて頂きました。皆様に感謝です。

田舞徳太郎
 

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プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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このブログ記事について

このページは、田舞通信が2017年7月 6日 17:20に書いたブログ記事です。

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