思ひ出は 学びし 本(もと)の心より 千里を通う 誠忘るな(30年間に感謝します)』

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親愛なる皆様
お元気ですか。


1)
日本創造教育研究所創業30周年記念の新春経営者セミナーでは大変お世話になりました。
ご無理をおしてご出席くださった方、どうしてもお時間の関係で今回はご出席できなきなかった方々を含め、
今日まで我々をお育て頂きましたことを心からお礼申し上げます。


2)
本来は速やかに御礼のメールやFAX通信をお出しすべきでしたが、一週間前から風邪をこじらせ、
前日の日創研経営研究会の本部理事会の席を抜けて病院に参りましたが、今に至って完治せず、
昨日も病院に行き、点滴などを受けながら養生をしております。御礼のメールが遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます。


3)
特にご参加くださった方々への「おもてなし」が全くできず、ご多忙な中にご出席くださいました皆様に非礼を重ねました。
お一人おひとりに感謝の意を表わすべきが当然ではありましたが、誠に誠に申し訳なく、重ねてお詫び申し上げます。


4)
布団の中では反省ばかりでした。新春経営者セミナーの開会挨拶も皆様への心を込めての感謝の意が足りず、
18か所のTTコースの同窓会巡りでも正直朦朧としておりました。
心よりお詫びを申し上げますとともに、皆様方にお育て頂いた日創研を私物化することなく、
少しでも皆様方にお役立ちできるよう、中小企業の活性化に邁進いたします。


5)
布団の中にいて、たくさんの方々が目の中に浮かんできました。
TTコースも今年で30回目を迎えますが、1回目を修了された平山さんや藤内さんのご参加が嬉しかったです。
平山さんには長い間TTファシリテーターリーダーをして頂き、現在のTTコースの基盤をおつくり頂きました。
藤内さんには起業家養成スクールのチュ―ターをしていただき、
現在も、若者たちのため、六甲全山56キロ縦走のために、一日500回のスクワットをしてくださっています。


6)
30年前、「田舞さん、走りながら考えるのです。」と、無力な私を行動に駆り立ててくださった行徳先生のお言葉や、
若い頃、行徳先生の講演を聞くなり、後先考えずに軽井沢の晴山ホテルで受けた「感受性訓練」も思い出しました。
当時は日創研を創る等想像もしていませんでしたが、人の問題で日々苦闘していただけにすがるような気持ちで飛び込みました。


7)
雪がシンシンと降る中「孤独」を癒すために参加したはずの研修で、
さらに自分との葛藤に悶えた5日間が、私の人生をこのように導いて下さったのだと思います。
人生というのは、辿っていけばいくほど、どれだけか細い糸で結ばれているか。咳にさいなまれ、悪寒にふるえながら痛感します。


8)
あの時、京都国際会館に行っていなければ、そして身の程をわきまえずに日本青年会議所を目指していなければ、
そして、あの時の講師が行徳先生でなければ・・・・・・たぶん、禅の師・田里亦無先生とのご縁もなかったと思います。


9)
中江藤樹先生が、

「思ひ出は 学びし 本(もと)の心より 千里を通う 誠忘るな」という和歌を弟子に与えています。


10)
中江藤樹先生は、母親の看病のために帰郷を乞いますが、許されずに、あえて大洲藩(愛媛県)を脱藩して、
故郷の滋賀県近江で(現高島市)で陽明学をほそぼそと教えました。
当然、わざわざ愛媛から学びに来たお弟子さんもいたのです。


11)
学んで帰郷する際、そのお弟子さんが、途中嵐に遭って難儀していることを知り、食料と共に送った和歌が、先の一首です。

「思ひ出は 学びし 本(もと)の心より 千里を通う 誠忘るな」

学ぶことは大事なことだ。しかし一番大事なことは学んだ中身だけではなく、
遠い近江までわざわざ出向いて学ぼうとこの僻遠の地に「やってきたこと」なのだ。
その「誠の心」を決して忘れてはならないと、いう意味です。

実行する事=誠=事実


12)
今は知りたい情報は簡単に手に入りますが、それだけに志が低くなったと思います。
単に脳の海馬に詰め込むだけの学問になっていますが、
昔は「求める気持ちの強弱(志)」が行動に駆り立て、その行動が物事を切りひらていていったのです。


13)
中江藤樹先生は日本に陽明学をひろめた初めての人ですが、陽明学は行動を大切にします。
3月からはじまる「第14期の社長塾」は、「論語」だけではなく、「大学」の講義もしますが、
中江藤樹先生の「大学解釈」は独特で、西晋一郎先生のの意訳本で私は学ばして頂いています。


14)
伊與田覚先生は、戦争中には小学校の教員をされていて、いつも袴で子供たちを教え、

「僕が袴を脱いだら(召集されたら)日本は負ける」と断言されておられたようです。

復員後、GHQによる教育改革に反対され、あえて教員生活の保障を潔く捨てられたのです。


14)
敗戦は伊與田覚先生にとって耐えがたいことだったと思います。
癒しの旅だったとおもいますが、一人比叡山に登り、滋賀県側に下りられて藤樹書院に向かわれました。
藤樹書院は中江藤樹の生家ですが、伊與田覚先生の学問の大きなお支えでもあったのです。

改めて、多くの恩師のお導きで今日の日本創造教育研究所があることを再認識しました。


15)
昨年はTTコースの方々が10名亡くなられました。日創研経営研究会もTT修了生の方々が支えて下さっています。
新春経営者セミナーの初日には、第6回「心に残る、ありがとう!」体験談の最終選考もありましたが、ご応募くださった皆様にも感謝申し上げます。
と同時に、第一回目の時に受賞された私の友人の奥様も昨年お亡くなりになられました。悲喜こもごもの30年です。


16)
創業20周年からの催しですが、「心に残る、ありがとう!」体験談と「ありがとう経営卓越大賞」を交互に行なっており、
実際に社内で取り入れてくださっている会社様はその成果を実感として感じて頂いています。


17)
今年も作文を読まれる10名のお姿を拝見しながら、入選される企業様の社風を存じ上げているだけに、
素晴らしい人財は素晴らしい会社がつくり、その素晴らしい会社は、やはり「志高い社長」で決まることも学びました。


18)
30年間には逆境から再起された企業様もたくさんありますし、
好業績企業様も自助努力でかなりの数になってきました。世に出る企業様は我々の誇りだと思っています。
学びの仲間である重道社長の分科会でのお姿は誇らしかったです


19)
しかし、私の指導不足で業容の拡大を停められず、大切な会員企業様を失った事実もございます。
15歳からお鮨のカウンター越しに企業の栄枯盛衰を見つめてきましたが、
その企業様の行く末が何か肌感覚で分かり、ついつい粗野な指導しか出来ないことを反省しています。


20)
30年間、皆様のお陰で日本創造教育研究所も発展してきました。
多大なる皆様のご寛容なお気持ちでお育て頂いたと思っております。誠にありがとうございました。
起業家養成スクール生を我が子のようにお育て頂いた故・菅スクール長、故・瀬戸チュ―ターにも御礼を申し上げます。


特に、パートナー講師の皆様方にはお礼の言葉もない位、苦しい時を支えて頂きました。
この場をお借りしてお礼を申し上げます。


21)
そして、30年間この会社を支えてきてくれた川本相談役や松原社長はじめ取締役の皆様や幹部の皆様、
そして、泣きながらご受講生の方々と対話して、創業の時からずっと長い間頑張ってくれている社員さんや新人スタッフ。
心から心からお礼を申しあげます。


22)
今の心境は、
「なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」
西行法師の詠んだ和歌の気持ちです。


私ごとき資格なき者が、資格あるがごとくお育て下さった恩師、その恩師に数秒違わずお会いできたこと。
そして、皆さまのお支えに重ねてお礼を申し上げて、お詫びとお礼に代えさせて頂きます。
さらに精進して「千里を通う誠」を胆に銘じて努力します。

田舞徳太郎


 

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プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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このブログ記事について

このページは、田舞通信が2017年1月24日 14:53に書いたブログ記事です。

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