2016年12月アーカイブ

親愛なる皆様
お元気ですか。


●今日の教訓『事業経営で一番大切なこと』

「事業経営で一番大切なことは、すべての関係先と、共に栄えていく共存共栄の精神である」
 と、松下の基本理念として大切にしてきました。

 他人だけの不幸があり得ないと同様に、自分だけの幸福もあり得ないと、
 幸之助は共に栄え行く道を終生求め続けたのです。

 事業経営で一番大切なことは共存共栄の精神です。」

                               木野 親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)

 

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なお、経営相談に関しては、浜本にご連絡下さい。電話「06?6388?7741」


1)
たくさんのメールを頂いていますが、返信が出来ておらず誠に恐縮です。お許しください。
来年に向けての仕事が溜まっており、あっという間に時間が過ぎます。


2)
さて、一昨日は第23期起業家養成スクールで56kmの「六甲全山縦走」を行ないました。
毎年、ゴールへ迎えに参りますが、彼ら彼女たちの姿がヘッドライトの灯と共に近づいてくると、
若者たちの素直に挑む心根に感動します。よく頑張りました。


3)
起業家養成スクールOBも多くが応援に駆けつけてくれ、起業家チューターの方々も必死にサポート下さいました。
23期生も人物的に随分と大きくなりましたが、その中でも紅一点の小川さんは56kmの縦走も大したことではなかったようです。


4)
彼女は今年大学を卒業したばかりですが、
大学生活の最終年度と起業家養成スクールを見事に両立させ、いつも笑顔で盛り立ててくれました。
学生時代からアスリートとしてハードな訓練をこなし、400mリレーでは大学新記録を持つだけに、準備は既に出来ていました。


5)
私は口癖のように、何かあった時の「準備」を口癖のように言いつづけています。
起業家16期卒業の廣井君は、7年前の起業家養成スクールで作成した新工場の方針を、
2億5,000万円かけて完成させ、親孝行をしています。


6)
廣井君の社業は一般的に不況業種に分類されますが、
彼はニッチャーの戦略を徹底し、お父様の時とは異なる「ターゲット顧客」に絞り、
まさに、日創研で学んだことを具現化しています。
能勢鋼材の能勢社長も航空機でおなじみのボーイング社との取引開始です。


7)
年末ということで色々な会員企業様から業績の報告を頂きますが、学びの時間と業績は正比例しますね。
やはり、常日頃から「準備」していないと、いざという時にチャンスをつかめませんし、危機を回避できません。

 

8)
同じく一昨日には、北九州の飯野さんにお電話しました。
福岡初開催の「ケースメソッドで学ぶ幹部育成セミナー」の教育ケースご提供のお願いのためでしたが、
日創研経営研究会でもご活躍ですが、素晴らしい業績を上げ、海外戦略をお聞きしました。


9)
今年も業績アップ上級コースでコア・コンピタンス経営を学ばれ、
来年はご兄弟で「Theマスター・コミュニケーション6か月プログラム」にもご参加くださいます。
ご参加される方々の名簿を見ると、まさに私よりもご立派なコミュニケーションのマスターの方々ばかりです。


10)
Theマスター・コミュニケーション6か月プログラムは、
お陰様ですでに定員まで残り10数名となり、ご支援に心から感謝を申し上げます。
ご多忙の中を、「この方は友情ご参加だよ・・・」などと、担当者と打ち合わせをしていますが、心からお礼を申し上げます。


11)
私は何でも本音でズバッとコミュニケーションを取り、その本音で発言することで、日本青年会議所でもご評価頂きました。
「一言一言、文句が出ないような模範解答をするようでは駄目だ!」という、尊敬する経営者のお言葉を信じています。
特に今年は、スタンフォード大学へ行く前と同じような危機を感じており、苦しい胸のうちをお聞きするとしんどいです。


12)
お釈迦様は、「沈黙している者も非難され、 多く語る者も非難され、 少し語る者も非難される。」と、
人間社会の厳しさを述べています。

現在、安倍内閣で設置された「働き方改革実現会議」で、
「同一労働同一賃金」の導入について議論が行なわれています。

 

12)
総務省の調査では、国内の非正規労働者の数は年々増え続け、
去年1年間の平均では1980万人に上り、労働者全体の37.5%を占めています。

一方、厚生労働省によると、フルタイムで働く人の賃金を比べた場合、
去年の平均で正社員は月給32万1100円だったのに対して、非正規労働者は20万5100円と、大きな差があります。


13)
厚生労働省が所管する団体の5年前の調査では、賃金の格差の理由について複数回答で企業に尋ねたところ、
「責任の重さが異なる」という答えがおよそ68%と最も多く、
次いで「中長期的に役割や期待が異なる」と「正社員には一部質の異なる仕事がある」がいずれも34%、
「ほかの事業所への異動がない」という回答も20%に上っています。


14)
問題は、こうした状況は経営者が創りだしているということです。
政治・経済・社会・新技術など、我われ中小企業を取り巻く環境は日々厳しさを増す中で、
危機感の欠如は必ず準備不足を招くのです。


15)
ある方の新事業参入について、納得してもらうために、その方のために向けた講義もしましたが、
本当に教育とは何か?をつくづく考えさせられた一年でもありました。
大いに反省したり、書物を読み直しては「気を取り直したり」でした。


16)
でも、一昨日のように青年経営者予備軍の発表を聞いていると希望が湧いてきます。彼らの純粋な言葉に励まされます。
「山は登るときはきついけれど、下りはアッという間で、経営と同じだと感じました」
「明確な到着地点という目標があるから、途中で投げ出しそうになっても歯を食いしばって歩きました」


17)
今の若者たちは健全です。静かに発表を聞きながら、その素直さに感動しました。
そして、それを駄目にするのが我々大人なのだという反省も伝えました。


18)
小成に甘んじて横道にそれて、それで業績を聞くと赤字すれすれまで来ている会社もあり、ご子息が気の毒になります。
あるいは、変なプライドをもって、ちょっとした言葉に反応する社長もいます。
日本のプライドと英語のprideを賢慮して下さい。

 

19)
さて、過日は京都で開催した社長塾の翌日に、故・伊與田覚先生のご自宅にご挨拶に参りました。
たくさんの伊與田覚先生のお写真をお預かりして、それを1月の社長塾で先生の人となりをお話したいと思います。


20)
伊與田覚先生は教師をされておられましたが、疎開先で「私がこの袴を脱いで召集されたら日本が敗けた時です」と、
子供たちに日頃から言われておられたそうです。そして、敗戦後に、自分の教師としての「節」を曲げずに辞職されたのです。


21)
改めて、若い時から素晴らしい恩師にお出会いさせていただき、この13年間は伊與田覚先生にお教えを頂きました。
なぜ、人間は自惚れて「自信過剰になるのか?」。アメリカの実験の結果がありますが、
理由は、大人になったりすると、子供の時に比較し、????ってくれる人がいなくなるからだそうです(アメリカだと信じるでしょう)。


21)
こんな私が「中小企業の活性化」一筋に頑張ってこれたのは、みんな恩師からの叱責とお教えがあったからです。
伊與田覚先生に教育の悩みをお尋ねすると、「どんなことでも批判する人はいるのです、その時こそ!」と、
「中庸」の章をお教え頂き、あらためて、自分の「寄る辺」を学びました。


22)
起業家養成スクールでご講演頂いた山之上社長のお話で、「15億の売り上げで6億の利益」というご報告を頂きました。
アンの築林社長、武蔵境自動車の高橋会長、ボクデンの景山社長、本当に素晴らしい経営者の方々に囲まれ、
起業家養成スクール生と共に、皆様方のご友情に心励まされます。


23)
2月からの「THEマスターコミュニケーション6か月プログラム」、同じく「大阪経営理念塾」、3月からの「社長塾」と、
至らぬ私の言葉をお聞き下さることに重ねてお礼を申しあげますと共に、若者たちの純粋さに心打たれた一日でした。

最後に8TTコース修了の阪本享三様の奥様の阪本陽子様(享年68歳)がお亡くなりになりました。

心よりご冥福を祈念します。

田舞徳太郎
 

親愛なる皆様
お元気ですか。


●今日の教訓『お客様のためという素直な心』

 自己中心の経営姿勢は覇道に近いというのが、幸之助の教えでした。

 お客様のためという信念から出た呼びかけでなければ、
 内なる強い説得力は生まれてこないのです。

 日常の何気ない出来事の中にも、
 他人を思いやる気持ちが大切であり、
 そこに王道の経営の強さがあるのです。

 お客様のためという素直な心が、理想の灯りを点すのです。」
                                    木野 親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日)


メールの返信が出来ておりません。お許しくださいませ。心からお詫びします。
なお、経営相談は06?6388?7741の浜本まで連絡を下さい。早急に対応します。


1)
伊與田覚先生が11月25日にご逝去され、お通夜と告別式がしめやかに執り行われました。
北海道、東北、関東、信越、北陸、東海、近畿、山陰、四国、九州など、
日本全国から伊與田覚先生を慕う京都・社長塾の方々がご参列されました。心からお礼を申し上げます。


2)
パナソニックの谷井昭雄四代目社長様もお見えになり、心からのご哀悼のお姿に、改めて偉大な人物の所作に感動しました。
松下幸之助翁とも伊與田覚先生はご親交があり、松下幸之助商学院の北山元学院長もご参加でした。


3)
臨済宗のご住職様(東福寺・霊源院)が、心を込めて読経されながら、途中「修己治人に執して・・・・」と述べられました。
東福寺は伊與田覚先生の奥様のお墓があるお寺ですが、
奥様が亡くなられてから喪が明けるまで、先生は必ず社長塾の途中に立ち寄られ、お参りをされていました。


4)
私も当然のことながら、雨の日も雪の日も先生のお手を取りながらお墓までお供をしました。
3年間の喪が明けるまでの時間は、四書五経の師というだけではなく、父に縁の薄かった私には心洗われる「慈愛の時」でした。


5)
坂村真民先生もそうでしたが、ご一緒に歩きながら日に日に先生の息が荒くなり、お寺の門を入ってから出るまでは、
お嬢様やお孫さんとご一緒しながら気が気ではなかった事を思い出しました。
ご自分の妻に敬虔に喪に服される姿も「礼」なのですね。


6)
社長塾だけではなく、何かあると伊與田覚先生のご自宅にお邪魔しては、色々とご教授頂きました。
告別式には、先生が小学校の教師だった時代の教え子さんもお見えになられ、久しぶりにご挨拶をしました。


7)
ご縁を頂いてわずか13年間のご指導でしたが、私には生き方の模範となる偉大なる恩師でした。
伊與田覚先生は、司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」がお好きで、ドラマの主題曲の「stand alone」が流れると、
タクシーの中でも、ご自宅をお暇する時でも、いつも日本の未来を憂いておられた先生の深い念いが、思い起こされ涙が出ました。


8)
喪主であるご長男様が、伊與田覚先生の生い立ちをご挨拶で為されましたが、
7歳の時に亡くなられたお母様が、「この子は、大きくなったら先生にするのよ」と言っておられたそうです。
高知から大阪府池田市の池田師範学校に入るいきさつも心に響きました。


9)
今のように飛行機もなく、志高く大阪を目指された伊與田覚先生の少年期のお気持ちは、いかばかりだったかとご推察します。
師範学校は戦後に大阪教育大学となり、現在は市民病院になって、自宅から銭湯に向かいながら師範学校跡の前を走りました。


10)
18歳で修養団の蓮沼門三先生のお弟子さんになられ、20歳の時、大阪の池田市から歩かれて箕面まで行き、
そこで安岡正篤先生とお会いされたのです。新稲という私の自宅から5分の場所ですが、ご案内すると「ここだ」と大声を出され、
私の車から降りて、奥様の制止を振り切られて、思い出の場所を必死に探しておられました。


11)
昭和10年、当時血気盛んな伊與田覚先生は、20歳ながら安岡正篤先生の講義に猛然と異議を唱えられた事もありました。
しかし、そんな伊與田覚先生のお姿を、周囲がなだめながら、かつ安岡正篤先生の人物の大きさでしょう。
安岡正篤先生は笑顔で受け入れられたのです。


12)
告別式が終ると、社長塾の皆様方にたくさんご参加いただき、社長塾を「伊與田覚先生を偲ぶ会」として執り行いました。
大阪センターの会場一杯にご参加されて、いつものように「伊與田覚先生のお言葉」をお聞きし、
私の先唱で学而第一を全員で素読しました。


13)
私も冒頭でご挨拶をさせていただきましたが、
伊與田覚先生がよくお話し下さった『中庸』第14章「君子は其の位に素して行い、其の外を願わず」の下りをお伝えしました。
「田舞さんね、人間はその立場立場で懸命に物事に取り組み、その外を願ってはうまくいかないのだよ」と、諭されました。


14)
私が理解出来ずにいることを察して下さり、質問にも本当に丁寧に、我が子を諭すようにお話下さいました。
ただ、最澄さんと空海さんの件でお尋ねした時には、毅然と「体験しなければ伝えられないのだよ」と厳しくお答えなさいました。


15)
最澄さんは比叡山をお開きになり、法然上人、親鸞上人、日蓮上人、道元禅師など多数の方々をお育てになり、
仏教を大衆に教えてはならないという幕府のお達しの中、色々と悩める衆生に啓蒙をされていました。


16)
一方、空海さんは私の故郷のお寺から中国に渡られ、そこで密教を身につけて帰国され、高野山を開創になりました。
最澄さんは丁寧に空海さんに教えを乞うのですが、なかなか教えてもらえず疎遠になります。私はそのことをお尋ねしたのです。


17)
日創研の研修でも、理解しにくい部分は言葉ではなかなかお伝えしても分からないところがあります。
基礎コースなどは「気づき」がテーマでも反発を買ったりしますが、可能思考教育の「体験学習」の難しさを痛感するだけに、
伊與田覚先生の毅然としたお言葉がよく分かりました(ただ、この時はお声も厳しく、理解するまでは考え込みました)。


18)
東証一部に上場された阿波製紙の三木社長が、途中でお帰りになるのでお言葉を頂戴しましたが、
第一回目の社長塾からご参加で、曲阜や夫子堂など、孔子さまゆかりの土地を伊與田覚先生ご夫妻とご一緒に旅しました。


19)
皆様で、伊與田覚先生の思い出をディスカッションして頂きましたが、色々な事が思い出されたのでしょうね。
涙ながらにお話をされている方もあり、数人の方々に発表を頂きました。特別参加して下さった北山先生にもお話し頂きました。


20)
北山先生は現在、箕面「学問の道・時習堂」の館長をお願いしていますが、平成こども論語塾で伊與田覚先生の志をご継承されています。

北山先生の思い出のお言葉として、
1.法ある時は法に従い、
2.法なき時は慣習に従い、
3.慣習なき時は情理に従う、

伊與田覚先生の教えを噛み砕きながらお話頂きました。


21)
その後、11月5日にお邪魔して、私の質問に伊與田覚先生がお答え下さったDVDを上映して皆でご生前最後のお姿と、
一言、一言、噛みしめながらお答え下さる誠実なお姿に全員が感動されていました。
伊與田先生がお元気な頃の記録をたくさん遺していますので、今後、編集した動画を講座中に上映する計画です。
偲ぶ会の最後にまとめのDVDを上映し、夕方6時頃には「仰げば尊し」を全員で唄って終了しました。


22)
正直、第14期の社長塾は悩みました。
結論としては、伊與田先生のお嬢様にお許しを頂いて、
「伊與田覚先生に学んだ社長塾」として、来年3月から伊與田覚先生のお志とお考えを不肖の私が受け継ぐことにしました。


23)
非常に重圧を感じておりますが、第13期を任せて頂く折、
「君には君の苦労もあったのだから、その体験を柱にしなさい」とも仰っていただき、
これも天命であり、試練であると受け止めています。


24)
幸いにして、私が以前学んでいた書物を、伊與田覚先生も参考にされていました。
2月から新しい「Theマスターコミュニケーション6か月プログラム」もあり、
天より与えて頂いた使命を全うしてまいります。


25)
禅の師である田里亦無先生が亡くなられた時、仲間とご一緒に「正法眼蔵・現成公案の巻」を大声を上げて合唱しながら、
田里亦無先生のお棺を運びました。師縁を大切にすることを身をもって体験し、
そうした学びから、伊與田覚先生にも、論語「為政第二」の「思い邪(よこしま)無し」の気持で仕えて参りました。


26)
どんなに阿っても、恩師は些細なことでも見破ります。まさにこの13年間は伊與田覚先生に鍛えられた貴重な時間でした。
19歳の折に読んだ「サルトルとボーヴォワールの対談」を思い出します。

「最初から立派な人間はいない、立派になりたいと願って、日々立派になるための努力をして、やがて人間は立派になっていくのだ」

日々精進して、伊與田覚先生のお教えを中小企業の活性化としてお伝えしていきます。

合掌

田舞徳太郎

プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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