素行自得・貧賤に素しては貧賤に行い、富貴に素しては富貴に行う伊與田覚先生満100歳の境地)

| コメント(0)

親愛なる皆様
お元気ですか。

●今日の教訓

「資源は無尽蔵と考えた方が、気が楽やで、木野君」
あるものがなくなれば、必ず代替え物が発見されてくるものだと、
幸之助は考えていました。

人の智慧は無尽蔵です。
心が無から有を生むのですから。

だから心を清らかに美しくして、
「お客様の心に華を咲かせたい」と、幸之助は念じて経営をしていました。

             木野 親之先生(松下幸之助に学ぶ指導者の365日)


1)
6月15日は、恩師の伊與田覚先生満100歳(数え101歳)のお誕生日でした。
29TTコースが終わり、翌日の経営指南塾の準備をしてご自宅を訪問しました。


2)
伊與田覚先生はさすがに気丈にされておられ、お元気でした。
13年前にお出会いした時のことを話され、山を下りた時のご様子などをお話し下さいました。


3)
先生の「あなたたちに出会えてよかった・・・・・・」のお言葉に、思わず涙が出ました。
私のことも色々と理解して下さっていて、まるでご自分の子供のようにお話しをして下さいました。
まだまだ至りませんが、伊與田覚先生に受けたご恩をお返しできるまで、
先生には元気でいて欲しいというのが本音です。


4)
私はこの13年間、社長塾の折にタクシーでお迎えに行き、その道中で色々な事をご教授賜りました。
「口伝」とでもいうべきお言葉ですが、書物に書いていない事をたくさん学ばせて下さいました。
そして、奥様からは「道を求めて生きることの厳しさ」を、妻の立場から教えて下さいました。


5)
今以上にお元気な時にはよくご自宅を訪問させて頂き、
父親に甘えるような気持ちで理解できない文章の意味をご教授賜り、先生のお勧めの書物も丁寧に読みました。


6)
社長塾を担当する川本さんや福島君は昼頃にお祝いに行ってもらいましたが、
この二人に「田舞さんを支えて下さいね」と、お手を合わせて依頼されたと聞き、本当に光栄に思います。


7)
伊與田覚先生がご立派なのは、満100歳にして、
小学校の教師時代の担当生徒3人から、お祝いが届いていたことです。


8)
山形の生徒さんは「さくらんぼ」、大阪のお菓子屋の生徒さんからは「特別なケーキ」、
山から下りて困っておられた伊與田覚先生をご支援された生徒(石津さん)はご訪問でした。


9)
石津さんは江坂に本社を構えておられ、そこを論語普及会のオフィスに提供されていました。
伊與田覚先生への社長塾のお願いは石津さんの会社が最初でした。


10)
石津さんも我々を応援下さり、当時お元気だった奥様も、先生に「あなたの役目でしょう!」と言われ、
我々の意図を汲んでご支援下さいました。「三顧の礼」について私が無知な時でした。


11)
きっかけはパナソニックの4代目社長の谷井様でしたが、
「田舞君、僕からも勧めるよ!」と、何度か伊與田覚先生にお願いをして下さいました。


12)
谷井4代目社長は、経営問答塾の木野親之先生のご縁からです。
木野親之先生と谷井4代目社長とご一緒にお食事をしている時、井上靖先生の遺作「孔子」の話題がきっかけでした。


13)
すべての出会いは、そのご縁を創って下さる「先縁」のお蔭です。木野親之先生のお陰であり、
谷井4代目社長のお陰であり、その「先縁」のご恩を決して忘れてはならないと思います。


14)
80年前の教え子が作ったお誕生日ケーキのローソクに火を点け、そのケーキを真ん中にして写真を撮って頂きました。
伊與田覚先生が吹き消して拍手をし、伊與田覚先生とご一緒にケーキを食べながらお出会いの時の話をしました。


15)
伊與田覚先生のお言葉です。
「山から下りてきたときは、論語に興味を示すものは皆無だった。
 今、時代が変わり、こうして「論語ブーム」になったことは日本国家が健全だという証拠だね」


16)
伊與田覚先生は子供さんに恵まれておられます。
優しい面倒見の良いお嬢様や、お孫さんに恵まれ、ご一緒にお住まいされていることも長寿の大きな要因です。


17)
親の面倒を見ない家族が多い中、お嬢様は今日の日まで「冷や冷や」されながら待たれていました。
今日のお嬢様もお孫さんも、本当に晴れ晴れとされて、満100歳を迎えられたことを慶んでおられました。


18)
「田舞さんね、親の恩・師の恩・自然の恩が一番大事なんだよ!」
自然の恩というお言葉にハッとさせられるものがありました。
自然の摂理を人間は甘く見て、不自然な事をたくさんしているのです。
自然の摂理=天理です。


19)
「田舞さん、天が分からなければ中庸は紐解けない・・・・」数年前に中庸の質問をした時のお言葉です。
先日、私の大切な友人に「死生命有り富貴天に在り・克己復礼」の色紙を書きましたが、
「自然の恩」というお言葉で、何か腑に落ちるものを感じました。


20)
早速帰宅して中庸を開きましたら、
「貧賤に素しては貧賤に行い、富貴に素しては富貴に行う」の文章に出会いしました。素行自得です。


21)
話はそれますが、東京都の舛添要一知事は、私が36歳の頃は東大の助教授で、青年会議所で色々と教えられました。
かばうつもりはありませんが、早くに父親を失い、女手一つで育てられ、貧賤からの脱出で必死に学ばれたのです。
助教授時代は決して豊かではなく、それでも我々JCメンバーに親切に教えて下さいました。


22)
今回の問題は、舛添知事は「富貴に素して富貴に行わなかった」からだと思いました。
私は非難する気持よりも、私も似たような事をしていないかを学ぶべきだと思いました。


23)
お金がなくて貧乏な時には必死に勉強し働きますが、
問題は富貴になった時にどんなお金の使い方をするかが問われるのです。
どんなに富貴に恵まれても、福を使い尽くさない気持ちを失うと禍が生じます。
舛添さんは他山の石だと思いました。


24)
伊與田覚先生の偉大さは、お金を追いかけたことが一度もない人生だったことです。
そして、貧しさを恥とせず、道を求めないことを恥じとされました。
素行自得の精神を忘れず、貧賤に素しては貧賤に行い、富貴に素しては富貴に行う。今一度深く考えてみます。


25)
私は恩師に恵まれました。
小学校の先生も貧賤に素しては貧賤に行う恩師でした。
中学校の先生も貧賤に素しては貧賤に行う恩師でした。

「修身教授録」の森信三先生も、仏教詩人の坂村真民先生も、伝記作家の小島直記先生も、
そして、道元禅の師匠・田里亦無先生も、皆様お金を追わずに道を求め続けた方々ばかりです。

伊與田覚先生は渋沢栄一の「論語と算盤」は一体の物だ!と月刊『理念と経営』で書いておられます。
中小企業の活性化に向けて、そして、伊與田覚先生からの二つのお言葉通りに今後も頑張ります。
伊與田覚先生にご縁を頂けたことは本当に光栄なことです。もっと学んで伊與田覚先生の教えを守りたいと思います。

田舞徳太郎

コメントする

プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

月別 アーカイブ

Powered by Movable Type
できる思考で業績アップ 無料・公開セミナー
Facebookページ

このブログ記事について

このページは、田舞通信が2016年6月17日 19:30に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「魅力ある会社にしなければ人財の幸せは得られません(組織と個人は永遠の経営課題です)」です。

次のブログ記事は「道頓堀ホテルの「日本サービス大賞」優秀賞受賞と橋本兄弟の人徳と才能(人を活かす経営)」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。