2012年8月アーカイブ

親愛なる皆様
お元気ですか。

 

今日の教訓
「木野君、人間には自分でも気づかない道が無限にあるんだよ。
それを制限しているのも自分自身なんだ」と、繰り返し教えられたものです。
松下経営理念に目覚め、経営理念に祈って祈って祈り抜いた時、
その道が姿を現してくるのだと信じています。
道は無限にあるということを発見した幸之助の考えこそ、
自信を失った今の指導者に伝えたいものです。
                      
         木野 親之 著「松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日」より

                                                   
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心より心よりお詫びを申し上げます。

田舞徳太郎


1)
昨日、東京で25TT(企業内教育インストラクター養成コース)が終わりました。
芳村思風先生が午後3時まで講義されましたが、
流石に三日間連続の講義はお疲れのようでした。


2)
芳村思風先生にTTコースの講義をお願いして25年になります。
本当に不思議なご縁だと痛感します。
創業当初は、「哲学研究講座」として20人くらいで開催しておりました。


3)
当時からすると先生の講義も非常に分かり易く、
ユーモアも交えながらのお話ですが、
最初は非常に難解でした。


4)
ご受講生が質問をすると、腕を組まれてジッと考え込まれ、
長い時には「3、4分」沈黙が続きました。
誠実で、真摯な教え方が大好きで、私は多くを学ばせて頂きました。


5)
今回のご受講生の中に、非常に苦しんでいる人がいましたが、
その人の表情も明るくなり、帰り際には、
「田舞さん、これからは逃げません!」と、力強い言葉で言って下さいました。

やはり、芳村思風先生の「意志の力・愛の実力」は大きなインパクトでした。


6)
前回の田舞通信の「今日の教訓」でも掲載していますが、
松下幸之助翁は、生きた経営についてふれられています。
虚業でもお金儲けでもない、存在価値の高い経営です。


7)
生きた経営とは、理屈や理論を超えて、
困難や逆境や苦しみの体験の中から立ち上がることです。
どんな困難や苦しみがあっても、
人間はその体験を乗りこえなければいけません。


8)
月刊『理念と経営』を取材していていつも痛感するのは、
巻頭対談や、「逆境!その時、経営者は・・・」のインタビュー記事や企業事例などは、
すべて生きた経営をされた結果であると思います。


9)
月刊『理念と経営』は、
ネガティブな記事はほとんどありません。
絶えず肯定的で前向きな希望を記事にしている雑誌だからです。
しかし、すべてが「生きた経営」を取材しています。


10)
成功した人は、どんな困難にも負けず、
夢見る力を失わずに必死に努力した結果なのです。


11)
生きた経営の道場が、
我々の会社であり、
商店であり、
社会であると、
松下幸之助翁は述べられていますが、
「この考え方が幸之助の一生を貫いているのです」と、
経営問答塾の木野親之先生も言っておられます。


12)
私は縁があって、松下幸之助翁が生前使っておられた、
お部屋に入り、机や椅子に坐ったことがあります。
渡米される時のお写真もあり、
飛行機のタラップでの笑顔のお写真は最高でした。


13)
財閥指定の責任を問われた
昭和23、4年の頃の厳しい時代だっただけに、
お部屋の厳粛な空気に触れたことを思い出します。
深呼吸をして、深く深く松下幸之助翁を感じました。


14)
また、松下幸之助翁は何ごとも深く考える方でしたが、
ジッと一点を見つめて考える時は、和室のお部屋だったようです。
私もそこに座らせて頂きましたが、
幸之助翁の崇高な志に触れたような、最高の気持ちでした。


15)
多くの経営者達が松下経営哲学に共鳴するのは、
幸之助翁が「生きた経営」を実践されたからだと思います。
どんなに苦しくても、いつも心に夢と希望をもち、
いのちの花を咲かせ続けたからだと思うのです。


16)
素直で謙虚な心をもって物事をみつめ、
決して挫けず、妬まず、悲観的にならず、
生成発展すると信じて生きられたからだと思います。


17)
ビクトール・フランクルは、
第二次世界大戦の中でドイツの収容所に入れられますが、
どんな悲惨な状況でも「それでも人生を肯定する」と述べています。
人間はどんな苦境にも負けない強さを持っているのです。


18)
我々は現在の不況を考えると、とかく悲観的になりがちですが、
やはり、どんな時にも「意味を見出し」
夢と希望を持たなければならないとおもいます。


19)
起業家養成スクールの菅スクール長のご逝去は、
私にとって大きな心の悲しみです。
しかし、それを乗りこえて「生きた経営」をしていかなければなりません。
早くリセットして、明日に希望を持って生きていきます。


20)
金沢では芝寿しの創業者の奥さまの、お別れの会がありました。
創業者は2年前に亡くなられましたが、ご遺体は献体され、
最後の最後まで見事な人生でした。
奥さまも、何のお苦しみもなく逝かれたようですが、
70年の結婚生活には苦しいこともたくさんおありだったようです。


21)
しかし、お二人とも苦しくても逃げない生き方をされ、
最高の人生を送られた稀な御夫婦だと思います。
真似は出来ませんが、前向きに生きることを心に誓いました。


22)
昨日の午後3時からは前回の積み残しの講義をし、
その後、9月開催の「13の徳目」朝礼大会の趣旨説明や、
デモンストレーションを行い、楽しく練習もされていました。

やっぱり、可能思考研修の集大成であるTTは最高です。
お互いに逃げずに頑張りましょうね!

田舞徳太郎

人間の一生(菅さんさようなら)

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親愛なる皆様
お元気ですか。


今日の教訓
「生きた経営を自得するには、道場が必要である。
その道場が会社であり、商店であり、社会である」
この考え方が幸之助の一生を貫いています。
謙虚な心さえあれば、自分の周囲にあるもの、
いる人すべてがわが心の鏡、
自分が今日一日やったことが、成功か失敗か、
決して平穏無事な一日ではなかったはずだと気がつきます。
自分の振る舞いの正邪が、
そこにありのまま、映し出されてくるものです。   
                    
       木野 親之 著「松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日」より
                                                   
 
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心より心よりお詫びを申し上げます。
田舞徳太郎


1)
暑い日が続きますが如何ですか。
田舞塾の第13期が無事に修了しましたが、
起業家養成スクール長の菅 寿雄さんご逝去で落ち込んでいます。

社長塾、明徳塾の最終講で先日より金沢に来ていますが、
やはり、まだ悲しみを払拭できずにいます。


2)
やはり、「縁ありて花ひらき 恩ありて実を結ぶ」ですね。
私の人生は縁で活かされ、恩で花ひらかせて頂きました。
菅さんも10本の指に入る位、特別な人です。


3)
日本創造教育研究所が創業してから6年目くらいの時でした。
私は、日本の産業振興を担う若者たちの育成を真剣に考えており、
そのビジョンを率直に菅さんに相談したのです。20年前の話です。


4)
菅さんは早稲田大学の文学部を卒業されていますが、
2TTを卒業され、ファシリテーターも経験されていただけに、
日本の全体像を見る目をお持ちでした。


5)
私のビジョンにご共鳴下さり、
起業家チューターとして活躍され、今年で19年でした。
今でも菅さんとのやりとりの一コマ一コマが脳裏から離れません。
実に惜しい方を失い、悲しいです。


6)
起業家養成スクールの海外研修は主にアメリカでした。
シリコンバレーを中心に色々なベンチャー企業を訪問し、
スタンフォード大学で講義を聞いたり、ディスカッションをしたりしていました。


7)
スタンフォード大学のキャンパスに初めて立った時、
あまりの広さと荘厳さに、全員が圧倒されましたが、
こういうところで学んだら「人間」として大きくなれるだろうな・・・と思い、
自己修養も含めてスタンフォード大学へ行くことを決意したのが、
まるで昨日のことのようです。


8)
菅スクール長はじめ、
起業家チューターさん達は全員がボランティアですが、
菅さんは、個性豊かなチューターさん達をしっかりまとめ、
起業家養成スクール生を丁寧に指導され、
見事に責任を果たされました。


9)
今年の3月には株式会社ベアハグの稲川社長の講演がありましたが、
やせ衰えながらスクール長としての役割を果たす姿は、
言葉の掛けようもないくらい厳粛なものでした。


10)
4月には、25TTコースの開校式でご挨拶も頂きましたが、
体調が最悪の中をきちんとご挨拶され、
私は後方でひやひやしながら拝見していましたが、
その真剣さに、人間の凄味を見たような気がします。


11)
とにかく知識が豊富で、志が高く、
いつも自分に問いかけながら生きられ、
よく二人でディスカッションもしました。
現実的でかつ理想家で、私心が少なく、
いつもご受講生のことを中心に考えておられました。


12)
阪神大震災の際も、起業家養成スクール生達とボランティアをしましたが、
全員で重い荷物を背負い、長い間歩いて神戸にたどりつき、
菅さんの指示で活動し、被災者の方々に喜んで頂きました。


13)
ビルが倒壊している姿は今も目に焼き付いています。
その中で、色々な物資を仕分けして、数カ所に運ぶように指示される、
菅さんの意思決定の速さは驚きでした。


14)
イエス・ノーもはっきりされていました。
判断基準がご受講生の為にあるだけに、
私もいろいろとご指導を受けました。
とにかく、起業家養成スクール生を心から愛しておられたのです。


15)
そのお陰で、前夜祭(通夜)にも帰幽祭(告別式)にも、
沢山の起業家養成スクール生が来てくれました。
北海道から鹿児島まで、本当に感謝で涙が出ました。


16)
弔辞は起業家養成スクール生代表で、
11期生の能勢社長が詠んでくれましたが、
200人余りの起業家養成スクール生も感動したようです。
きちんと整列して、襟を正しての弔辞です。


17)
東日本大震災の時には既に癌は5カ所に転移していました。
しかし、我々には何も告げずに、同じ2泊3日の行動を取られました。
4月7日には震度6を体験し、ホテルに泊まれずに
全員がバスの中で2日間を過ごしましたが、
菅さんは疲れた表情を一切出さず、ボランティアもされました。


18)
仙台から帰った後、すぐに入院されました。
この時には相当胆嚢がひどくなっていたと思います。
5年前に胃がんの手術をされましたが、
すでに余命2年の宣告を受けられていたそうです。
5年生きられたのは奇跡だと思いますが、
まさに、真の教育者の「最期のお姿」だったと思います。


19)
私の次男も13期で菅さんにご指導を頂きました。
現在は月刊『理念と経営』を担当し、コーチングや
TAなどを訓練していますが、
当時次男は日本創造教育研究所にも入社しておらず、
本人も不安な中で起業家養成スクールを受講していたと思いますが、
親代わりとして、次男をお育て頂きました。


20)
お葬式は神式で行われました。
前夜祭(仏式ではお通夜)と帰幽祭(仏式では告別式)が、
田舞塾の最終講と重なりましたが、敢て田舞塾の皆さま方にお許しを頂き、
前夜祭に出て、ケース・メソッド授業だけを行いました。


21)
弔辞は私の長男と二人で作成し、
深夜まで書いた文章を長男に代読してもらいましたが、
5分では読めないくらいの思い出がありました。


22)
人間の一生には色々な形があります。
菅さんの人生は「教育者」としての一生だったと思います。
教育には人類への愛と、思想がなければなりません。
この二つを兼ね備えていた菅さんのご冥福を祈ります。

起業家養成スクール生に一番愛されていた菅さん、さようなら!

田舞徳太郎

親愛なる皆様
お元気ですか。


今日の教訓
如何なる不況の中にも成功が潜んでいるものです。
ただ我々にはどこにあるかを知らないだけです。
幸之助は、内なる志と社会の要請が一致すれば、
そこには不景気も景気もないと確信して、
世界の大恐慌の時も逆に成長発展をしていったのです。
不景気の後は必ず発展するものであり、すべては
生成発展するという、宇宙根源の法則を信じていました。
                    
       木野 親之 著「松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日」より
                                                   

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心より心よりお詫びを申し上げます。
田舞徳太郎


1)
先日は東京の実践後継者育成セミナーでした。
北海道から鹿児島まで幅広く参加されていますが、
今回は自社の経営のポートフォリオを主に行いました。
今回から梅原講師も講義してくれますから私も楽になり、
ご受講生とも余裕をもってコミュニケーションがとれています。


2)
T県のFさんは、洋品店を3店舗経営している繁盛店のお嬢さんです。
決算書もなかなか立派で、BSもPLも優れています。
アパレル関係や洋品店は苦戦を強いられている中での業績ですから、
何が成功の秘訣かをお聞きしました。


3)
「うちは人財をしぼって入社頂いています。
商品が似たようなものだけに、人が決め手です。
自社に合わない人はいない方が良いと思っています!」

答えが明快なだけに「なるほど」と思いました。


4)
お母様は社長塾で長い間学ばれていますが、
一度経営のご相談がありました。
自社の扱っているブランド商品を売るお店が、近所にオープンするというのです。


5)
しかし、近所にオープンしても売上は落ちず、
新しく開店したライバルは赤字を続けているようです。
やはり義理を欠き強引にしたことは成功しませんね。

いつの時代にも人の力が一番です。


6)
今回の短い講義でも申し上げました。
「人脈をつくれよ!
単なる研修参加ではなく、
人脈こそが真に生きた情報を持ってきてくれる!」


7)
アドバイザーの講演は、鹿児島の小正醸造のK専務でした。
いつ聞いても「苦闘時代の話」は感動します。
1992年に会社の売却を計画しますがうまくいかず、
途方にくれて再建計画を立て、今の素晴らしい成功があります。


8)
自己資本比率も50%となり、益々期待される会社ですが、
社長が弊社の研修を受けられたのは1994年度です。
「メローコヅル 磨」が順調に売れ出した頃でした。

(「百年の孤独」の黒木本店さんのご子息も参加されていますが、
お父様同士が仲良く学ばれているように、ご子息たちも仲が良いです。)


9)
また、同じアドバイザーのT社長から、7月の月次決算の報告を頂きました。
単月で700万円の経常利益が出ており、二人で喜び合いました。
もちろん、すぐに業績に結びついたわけではなく、
アイディアからはじめると10年目のビジネスです。


10)
途中は赤字で、お父様から「やめてしまえ!」と叱られましたが、
私は斬新なビジネスモデルと思っていましたから、
色々な人との出会いをつくる手助けをしていました。
T社長は慶応のビジネススクールを出ているだけに、構想力に長けています。

やはり、志と信念の強さですね!

 

11)
月刊『理念と経営』を使って20分の討議をしましたが、
8月号は創刊80号記念誌であり、
無敵の仕事術の特集を組み、「我、かく闘えり。」というテーマで、
日本の社長10人に寄稿していただきました。


12)
一番印象に残ったのは、島精機製作所の島正博社長でした。
原稿のタイトルは、
「優先すべきは作り勝手より使い勝手。
         行き詰まったら原点に戻れ」です。


13)
島社長は8歳の時に戦争で父を亡くし、
空襲後の焼け跡にバラック小屋を建て、耕した土地で野菜を収穫し、
鳥やウナギをつかまえ、生きていくためにいろいろ知恵を絞ったそうです。


14)
その後、生活保護を受けながら暮らしますが、
定時制高校へ通い、そこで、生涯の恩師と呼ぶべき教師に出会うのです。
現役の技術者でもある先生から、
「心理学の要諦は相手の立場に立つということ」だと教えられました。


15)
自分だけ楽をしよう、儲けてやろうという精神ではなく、
最初に相手に利を得てもらい、自分は後からでよいとする
「ギブ&ギブン」の姿勢です。


16)
やはり、立派な経営者には立派な師がいるのですね。
カルロス・ゴーン氏も同じような教えを受けていますが、
やはり王道の経営が大事だと読みながら思いました。


17)
島精機さんは、過去に2度の倒産の危機に見舞われています。
機械が思い描くように動かないことも幾度かあり、
その度に原点に戻って経営の立て直しをされたのです。


18)
やはり、我々も、苦しい時や行き詰った時には、
スタート時点の気持ちに戻るべきですね。
初心忘るべからずと言いますが、原点に戻って、
絶えず自分をリセット出来る人が最後は成功するのでしょう。


19)
1995年頃、日本の繊維産業は海外からの安い商品に押され、
苦境にあえいでいました。
島社長が偉大なのは、
「モノづくりの火を守るには、
海外の安い人件費に太刀打ちできる消費地型生産への転換が
不可欠である」と思ったことです。

 

20)
労働集約型産業といわれる産業を、
人の縫製をなくして、
高付加価値で知識集約型の産業に転換させたのです。
そこで開発したのが、無縫製の横編機でした。


21)
島社長の次の言葉が印象的でした。

1、
50年の歩みを振り返るとき、当社の幾多の創造を支えてきたのは、
「不可能はない。実現するまでやり遂げる」という不屈の意思でした。

2、
社員が「できません」と口にしたら、
それはやる気のない証拠だと指導しています。
できない証明をするために給与を払っているのではありません。


22)
「現代はモノや情報が豊富で、ハングリー精神をもつことが難しい時代ですが、
今日より明日をよくしたいという向上心で日々に創造しなければ、
人も企業も進歩がありません。」とも述べておられます。


23)
創業以来、島精機は「エバー・オンワード(限りなき前進)」
という経営理念を掲げていますが、今回の実践後継者育成セミナーの
ご受講生たちや、起業家養成スクール19期生達にも、
志高く生きて欲しいと思いました。

行き詰ったら原点に戻れ!
頑張りましょうね。

田舞徳太郎

親愛なる皆様
お元気ですか。


今日の教訓
「決意は、崩れやすく、決心は守りにくいもの。
一度、思いを定めても、繰り返し、自分自身に言い聞かせないと、
すぐに崩れてしまいます。
お互いに信頼、これこそ、経営の要であり、魂です。
そして決意が信頼を生むのです。
今が明日と出会う時です。
今から、新たな行動を起こし、自分を信じて前進することです。
未来に思いを馳せるものが勝つのです。」
                    
       木野 親之 著「松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日」より
                                                   

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心より心よりお詫びを申し上げます。
田舞徳太郎


1)
暑い日が続きます。お元気でお過ごしでしょうか。
私はお盆休みは神戸のポートピアホテルで3日間過ごしました。
音羽で仕事をしているときは、お盆は忙しさのピークでした。
やはり、孫と一緒に遊んでいても、音羽当時の必死さを思い出します。


2)
お盆休みを利用して、モンゴルの大地の家に弊社社員9名が訪問しました。
雪害で親を失った子供たちを支援しようと学校をつくり、
すでに10年を経過しましたが、皆さま方に支えられての活動です。


3)
大地の家を卒業した子供たちも多くいて、
すでに結婚しているという情報も聞きました。
モンゴルも、レアメタルの産出により国が少し豊かになったようですが、
まだまだ貧しい子供たちは多いようです。


4)
看護婦をされていたMさんは、
ご自分のお給料の中から毎月7万円を大地の家に送って下さったり、
ある京都の方は、決算が終わると「今年もお陰で黒字でした!」と
お気持ちの寄付金をお送り下さったりしていました。


5)
皆さま方のご受講料で国際平和基金財団を作りましたが、
今から31年前の1981年に立てた志でした。
一緒に難民キャンプを回ってくれた西崎憲治君(当時28歳)が、
カンボジア国境で射殺されたことが財団設立の決意となりました。


6)
1981年、アランヤプラテートという村を3人で歩きましたが、
西崎君は「田舞さん、ここらあたりはよく強盗が出るのですよ」と
言っていました。
そして私がインドシナから帰国して1か月後に、同じ場所で事件は起きました。
(今でも日本の若者が危険な状況のなか世界中で戦っています)


7)
最初はフィリピンやタイなどで支援活動をしましたが、
雪害のあまりの悲惨さに急遽モンゴルに切り替えました。
毎年使節団を送り、モンゴルの子どもたちと触れ合っています。


8)
モンゴルに比べ、日本は先進国として社会保障は行き届いている国です。
逆に生活保護などを搾取する人もいるということで、
国に尽くすより、国にぶら下がっている人も多くなっています。


9)
8月は、広島と長崎の原爆の日、そして15日は終戦の日と、
それらに関連する様々な行事がありましたが、
我々の為に亡くなっていった方々を思うとき、
恵まれ過ぎた日本で生活していることに罪悪感すら覚えます。

 

10)
また、私は長い間「国旗」掲揚、
「国歌」斉唱の青年会議所で過ごしましたので、
それなりに日本の教育の有り方についても憂慮しています。
今のままだと子どもたちが大人になった時に可哀想です。


11)
さて、数年前から日創研で学んでいる、
二代目社長のTさんからメールが届きました。
創業者が残した多大な借金に、この10年苦労されたようです。


12)
●メール
「ご報告をさせて頂きます。社長になって10年、
父が残した借入金で苦しんできました。一時は自信をなくしましたが、
親友の紹介で7年前から日本創造教育研究所に学び、
そのお陰で希望が持てるようになり、頑張ってきました。
いつも月刊『理念と経営』は読ませて頂いていますが、
「企業の成功法則 ―社長力・管理力・現場力 三位一体論」のところは、
実感をもって読ませて頂いています。
研修のお陰で幹部も社員も応援してくれ、業績も良くなり、
借入金も残り一億六千万にまでなりました。
ここで気を抜かずに更に学んでいこうと決意しています。
決算も昨年対比15%アップの黒字となりました。」
T社長より


13)
何ごとも忍耐が大事ですね。
中小企業は努力の割に利益が出にくくなっていますが、
10年間もご苦労されて借金を返済され続けたことに、敬意を表します。


14)
このところ、会員企業様の決算報告は概ね順調です。
K市のO社長は3年前に債務超過から脱出して、
今は自己資本比率が20%になっています。


15)
企業内教育インストラクター養成コース(TT)受講中は大変でしたが、
ここから黒字転換をされ、今はにこやかに経営を楽しんでおられます。
田舞塾でもケース・メソッド授業を行いましたが、
やはり、人のアドバイスを素直に受け容れることが大切です。


16)
O社長ほど日本創造教育研究所の研修で成長された方も少ないと思います。
SAコース受講前は、K市の大物が参加するが、
癖がある方なので注意がいるとの前触れでした。


17)
企業内教育インストラクター養成コース(TT)は私が担当ですから、
第1講で「一喝」した事を今でも思い出しますが、
私とO社長の友情が芽生えたのはこの時だったと思います。

 

18)
TTコースには奥さまも参加されていますが、
今年の決算は最高益になりそうとのことです。
こういう情報をお聞きすると本当に元気が出ます。


19)
もちろん、経営相談が続いている企業様もあり、
単に喜んでばかりはおれません(いつも頭から離れませんね)

業績が好転する会社の共通項は、
1、素直に受け入れ
2、謙虚に学び続け
3、実行していることです。


20)
松下幸之助翁は「素直」ということを一番大事にされましたが、
素直さの度合いが決算書に現れているような気がしてなりません。
迷っておられるのは分かりますが、
提案を聞いているようで聞いていませんものね。


21)
素直な人には必ず支援者が現れます。
その支援者が、アドバイスだけではなくお客様まで紹介してくださるのです。
素直でない人には色々な情報も入らず、裸の王様になるのです。

お互いに気をつけて、
素直な生き方、素直な経営の仕方を心がけましょうね。

 

田舞徳太郎

親愛なる皆様
お元気ですか。


今日の教訓
経営者には、定年もなければ引退もない。毎日が戦いだ。
動けなくなるまで戦いだ。
戦い抜いて、戦い抜いて、
初めて勝利の栄冠を手にすることができるのだ。
社員の幸せと、お客様の笑顔を得るために・・・
最後の最後まで、心を砕いてこそ、上に立つ指導者と言えるのです。
幸之助は、94歳まで現役でした。  
                    
       木野 親之 著「松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日」より
                                                   

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心より心よりお詫びを申し上げます。
田舞徳太郎


1)
先日は東京の経営問答塾でした。
テーマは「松下幸之助の経営理念」です。
松下幸之助翁は、「理念を軸にすれば未来が見える」と言われていたそうです。


2)
私はそこまで達観出来ませんが、
業績の良い会社をみると不思議に理念の浸透があり、
理念の浸透があるところは「打つ手」も早いです。


3)
広島県の福山にファシリテーターをしているA社長がおられますが、
この会社は、理念の面でも、人財育成の面でも、財務の面でも、
全く問題のない素晴らしい会社です。


4)
13期の田舞塾の教育ケースにご登場頂き、
ケース・メソッド授業を行いましたが、
中国での製造と、日本での卸のビジネスモデルが成功しています。


5)
9月には19期起業家養成スクール生と一緒に中国視察に行きますが、
このA社長のパートナー工場を視察に行き、講演を頂きます。

まさに「理念を軸にすれば未来が見える」のです。


6)
A社長は、10年後を考える「ビジョン経営 沖縄セミナー」で、
小売りに対するビジョンを明確にされましたが、
勝利の栄冠を手にするまで頑張って頂きたいと思います。


7)
人間には無限の可能性があり、
松下幸之助翁はそれを信じきったから成功したのだ!という、
経営問答塾の木野親之先生の熱い講義に感動しました。


8)
また、決算書をよくお送り頂くのですが、
今日の参加者のO社長も増収増益で嬉しいことでした。
TTコースご受講の時には赤字を抱えて悩んでおられましたが、
卒業後は順調なのは嬉しいことです。


9)
私がいつも成功事例に取り上げる、
武蔵境自動車教習所のT会長も、
株式会社ミヤザキのM社長も、
ピーターパンのY社長もご参加でした。

3社とも月刊『理念と経営』の企業事例にご登場いただき、
田舞塾でケース・メソッド授業を行った会社様です。

 

10)
人財育成面
顧客満足面
技術面
財務面
どれをとっても素晴らしい会社であり経営者です。


11)
道が混み合って木野先生が遅れる予定でしたので、
私は、松下幸之助翁の『不況克服の心得十カ条』を講義しました。
やはり、常日頃から誠実に、理念に沿って経営をしていくことが、
10か条の基盤になっています。


12)
特に「努力をすれば報われると信じている会社」は、
この不景気は最大の好機です。
右肩上がりの時にはどんな会社でも利益を上げましたが、
現在は「人財育成優先」の企業が伸びています。


13)
人生には時に理不尽なことが起こります。
適当に経営していても利益が出たり、
努力をしなくてもお金が入ったり・・・と、
実力以上の努力以上に評価される場合もあるのです。


14)
しかし、こうした現象は一時的な陽炎のようなものだと、
松下幸之助翁は述べておられます。
我々は勝利の栄冠を手にするまで努力し、闘い続けるべきです。


15)
幸之助は昭和4年の世界大恐慌の時に次のことを断行しました。
一番目は、経営理念(信条・綱領)をつくったことです。
通常あたふたと利益に走るはずなのに、
一番最初に経営理念をつくったのですから、我々も真似るべきです。


16)
2番目は一人もカットせず、賃金もノーカットで、
半日操業で全員営業に出ました。
在庫を2か月のうちに一掃したことは、今でも有名なエピソードです。


17)
今、パナソニックは数千人のリストラを計画していると言われていますが、
松下幸之助翁が生きておられたら残念がることだと思います。
私は30代から松下幸之助翁の追っかけをしていましたから、
今でもすべてパナソニック製品を使っています。


18)
在庫を短期間で一掃した事は述べましたが、
世界が不況の時に、新工場を建設して飛躍されているのです。
やはり、我々凡人とは着想や発想や視点が異なるのでしょうね。

 

19)
松下幸之助翁はお元気な頃に、
本田宗一郎さんや盛田昭夫さんとご一緒に、
成功発想塾の片方善治先生に発想法を学ばれたようですが、
やはり、経営理念を軸に発想すれば色々なものが見えるのですね。


20)
そのほか、社名を変更したり、新事業部門(電熱部門)に進出したり、
松下幸之助翁は不況の時に攻め込んでいます。
我々も消極的になることなく、もっと可能思考でチャレンジすべきですね。


21)
経営問答塾の前は、赤坂のANAホテルでセミナーがありました。
メイン講師は麻生元総理でしたが、いつ聞いても夢が広がります。
消費増税法案が通っても、
付帯条件をクリアしなければ消費税は上がらないという話題もでました。


22)
具体的な景気対策のお話も出ましたが、
すべて納得のいくものばかりでした。
我々はもっと日本国家の潜在能力を信じ、
勝利の栄冠を手にするまで頑張らなければと思いました。

お互いに頑張りましょう。


田舞徳太郎

親愛なる皆様
お元気ですか。


今日の教訓
失敗は、失敗ではない。
失敗は、チャンスを見出すよい機会です。
問題があるとすれば指導者の一念です。
幸之助は、「何もないのは、何でもあることや。
何でもあることは、よく見ると何でもないことに
気がつくものや」と、いつも言っていました。
まるで禅問答のようでした。
失敗は失敗ではないのです。
                    
       木野 親之 著「松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日」より
                                                    

メールを頂戴しながら返信が出来ていません。
心より心よりお詫びを申し上げます。
田舞徳太郎


1)
ロンドンオリンピックで日本勢の活躍が目立ちます。
日本男子サッカーはメキシコに敗れましたが、
ハラハラドキドキでした。三位決定戦で韓国と勝負です。


2)
卓球女子団体は決勝戦で中国に負けましたが、
よくぞここまで戦ったと思いますし、
日本女子バレーも中国を破り準決勝まできました。
バドミントンを含めて女性の活躍が目立ちますね。

本当の意味で、オリンピックが平和の祭典になって欲しいと思います。


3)
さて今月は7月ほどのハードスケジュールはなく、
ポートピアホテルで原稿を書いたり、孫たちとくつろいだり、
「箕面加古川山荘・明徳庵」に行って瀧道を歩いたりしました。
(雨の明治の森箕面国定公園を歩くのも心が落ち着いていいものです)


4)
「箕面加古川山荘・明徳庵」は、毎年7月後半から8月にかけて、
色々な会員企業様が合宿研修でお使いになられます。
夜に全館が光に包まれていると、まるで夢の世界にいるようです。
実に美しく、嬉しい気持ちで見つめていました。


5)
箕面川の「せせらぎ」
緑色した「もみじ」
小鳥の「鳴き声」
蝉の「音」
箕面加古川山荘・明徳庵の「光」
・・・・・私には最高のぜいたくでした。


6)
昨日から東京に来ていますが、一昨日は川西青年会議所のOBと、
明治の森箕面国定公園の箕面山荘で食事会をしました。
現役当時の思い出話で弾みましたが、私の知らない話題まで出て、
副会頭当時は随分お世話をかけたようです。
(日本創造教育研究所でも、月刊『理念と経営』で
皆さま方には色々とお世話をかけています。心より感謝します)


7)
今、川西市長をされている大塩さんは、
私が副会頭の時の理事長ですが、
海外からの留学生受け入れ事業等も精力的に取り組んでくれ、
一年間の前後を含めて多くの支援をして頂きました。


8)
また、海外との姉妹都市締結の為にフィリピンにも行きましたが、
締結するかどうかで理事会がもめたこともあります。
若い頃激しかった私は、揉めると机を叩いて議論していました。
今は笑い話ですが、振り返ってみると恥ずかしいですね。


9)
私には強烈なライバルもいて、
11年間の青年会議所活動の中で激しい論争をしました。
今は亡くなられていますが、お線香をあげて弔っています。
若気の至りで罵りあったことも懐かしいものですが、
やはり、年齢を重ねるといろいろなことが見えてくるものですね。

 

10)
食事をしながら4時間も昔話に花を咲かせましたが、
流石に市長をされているだけあって、大塩さんの
日本の国政や東日本大震災に関しての高い見識を感じました。
地位を得ると、その地位が人間を大きく成長させるのですね。


11)
さて、昨日は片方善治先生の成功発想塾の件でYさんと話をしました。
Yさんはそれなりに経営は順調なのですが、
自社の技術や製品が5年後どうなっているかが気になるらしいのです。


12)
特に製造業の海外シフトが進み、
更なるオンリーワン製品をつくらなければならないようで、
発想の広がりが持てずに悩んでいるようでした。


13)
「田舞さん、幹部とも色々と話し合って製品開発を急ごうとしているのですが、
なかなか今の自社内の枠から脱け出すことが出来ずに苦労しているのですよ」
Yさんの苦悩も良く分かります。
新しい発想は理屈ではなく、内側からこみ上げるものですからね。


14)
私はN社長の事例を参考にしてアドバイスしました。
N社長は成功発想塾に初回から三年間通い続けていますが、
上手に日本創造教育研究所を活用なさっています。
(我々を最大限活用されている会社は伸びています!)


15)
N社長はこの3年間で5件の特許を取得していますが、
片方善治先生の発想法を身につけられたようです。
 1、着想
 2、連想
 3、発想
 4、予想
大脳生理学の観点から、脳力を駆使して学んでおられます。


16)
また、研究開発費として、3件の補助金の認可を受け、
総額4200万円の採択を受けています。
やはり、あれやこれやと悩んでいるよりも、
手順をしっかりつかんで発想した方が得策だと思いました。


17)
新市場を開拓したり、新商品開発をしたい方々は、
是非、片方善治先生の成功発想塾で学ばれた方が良いと思います。
N社長は、片方善治先生の口利きで、大手企業とタイアップもしています。


18)
N社長は、 
1、5つの特許取得
2、3件の補助金4200万円
そして、2つの新商品を事業化することにも成功されています。

 

19)
電話で相談を受けたY社長に、N社長の事例を話しましたが、
幹部と一緒に前向きに検討されるようです。
この成功発想塾は、単に発想法を学ぶ研修ではありません。


20)
最大活用されているN社長は、この成功発想塾に関して、
次のように述べられています。
「アイデア(着想)を、商品化(連想・発想)し、
収益(予想)に繋げる方法を身に付ける研修です。
正に奇跡を起こすことのできる研修だと実感しています」


21)
多くの場合、アイデアは良いのですが、
我々はそれを具体的に煮詰める作業をあまりしません。
結果的にアイデア倒れになるか、
着手して大損をするかのどちらかになってしまいます。


22)
経営環境は相変わらず厳しいですが、
こういう時にこそ、指導者層のリーダーシップが問われています。
固定観念から脱け出し、新しい発想でチャレンジすべきです。

猛暑が続きます。ご自愛くださいね。

田舞徳太郎

プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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