逝く者は斯(か)くの如きか、昼夜を舎(お)かず(人生二度なし)

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■■■  田舞徳太郎通信 2012年  8号  ■■■■■■■日本創造教育研究所■■■

  『 逝く者は斯(か)くの如きか、昼夜を舎(お)かず(人生二度なし)』

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親愛なる皆様
お元気ですか。

今日の教訓
『幸之助は、「問題の数だけ希望が生まれた」と、乗り越える喜びを
 語ってくれました。

 「人間は勝たねばならない。問題は何に勝つかだ。
  未来に思いをはせる者が勝つ、と思う」と。

 「ビジョンが自分に使命を知らしめてくれるから。
  ビジョンが使命を再確認し、誇りと自信を与えてくれるから。
  そして、夢を膨らませて くれるものだから。
  ビジョンで未来を創造し、
  未来を設計するものが、勝利者となる」と。』
            木野 親之 著「松下幸之助に学ぶ指導者の三六五日」より

メールを頂戴しながら返信が出来ていません。
心より心よりお詫びを申し上げます。
田舞徳太郎

1)
毎日が悲喜こもごものニュースでいっぱいです。
アメリカ経済が少し良くなりかけてきたこと、
ギリシャの問題が一息つきそうなこと、
次男に二人目の女の孫が生まれたこと、
新入社員さんがインターンシップで働く姿をみること、
自宅に夜遅く帰ると「イチゴ」がテーブルにおいてあったこと・・・・・。

若い時には感じなかった喜びが深く感じられます。

2)
反面、会員企業様の経営相談が増えていることは気がかりです。
売上減少の問題や、社員の退職の問題や、資金繰りの問題など、
胃が痛くなるような相談に毎日が緊張の連続です。

もっと真剣に勉強して下さっていたら・・・・・・・、
そう思うのは愚痴になりますが、
やはり常日頃から備えをしておくべきです。
学ぶ理由は「転ばぬ先の杖」だと思っています。

3)
今年になってからの心の痛みは、亡くなる方が多いことです。
30代、40代の頃にはご逝去の報はあまりありませんでした。
意気揚々とガチンコでぶつかり合いながらの日々でしたが、
60代になると悲報が多くなりました。
お世話になった方々のご逝去はとても切なく悲しいものです。

4)
昨日の夜から東京ですが、新幹線の車窓から見る風景に、
心寂しい想いが強く募ってきました。
人間の生き方について深く考えさせられます。
車窓に映る私の表情もかなり曇っているようです。

5)
田主丸の第十三代蔵元のHさんは78歳でしたが、
惜しい方を亡くしました。
ワイン工場を見学させて頂いた際には、
本当に心暖まるおもてなしを頂きました。
昨日のようです。

6)
Hさんは私の可能思考研修・SAコースを受けられましたが、
福岡センターでの当時のお姿が、今でも鮮明に思い出されます。
10数年前の事ですが、長いお付き合いをして頂きました。

7)
ご子息は起業家養成スクールを卒業され、
今は社長になって自社を守っておられますが、
Hさんの豪放磊落にして繊細な気配りに合掌です。

8)
佐賀のEさんとは2か月ほど前にお電話にて話しました。
この方もSA研修のアシスタントを100回以上して下さり、
色々と福岡センターのことについてもご支援をいただきました。
約20年近いお付き合いでした。

Eさんの悲報はファシリテーターのSさんからでしたが、
Sさんは声を上げて泣きながらEさんのご逝去を知らせて下さいました。

9)
2年半前にご病気が少し落ち着いた時、
「Eさん、京都に月に一回来て論語の勉強でもしましょうよ!」と、
社長塾をお薦めしました。
熱心に学ばれましたが、次の年には再入院になりました。

まだ、お線香をあげに行けていませんが、
Hさんにも、Eさんにも、
北九州のKファシリテーターさんのご主人にも、
福岡の私の特別SAコースの4月にお参りをさせていただくつもりです。

10)
さて、伊與田覚先生の奥さまが87歳でお亡くなりになりました。
先生のご自宅が私の自宅のご近所ということもあり、
京都・社長塾には私がいつもお迎えに参りますが、
2月の社長塾の時(17日)のご挨拶が、奥様とのお別れでした。
ニコッとされてお元気な様子でしたが、本当に悲しいです。
いつも日本創造教育研究所を応援して下さり、私を励まして下さいました。

11)
私の生母も87歳で亡くなりましたが、
伊與田覚先生の奥さまは何か母親のような気持ちで接していただけに、
今日は新幹線で思い出しながら気持ちが塞いでしまっています。
今はご冥福をお祈りするのみですが、
我々の心の中では生きておられると思って自分を励ましています。

12)
伊與田覚先生は、人生は四苦八苦ではなく、
人生を「四楽八楽」としてご講義されていましたが、
今年97歳におなりになる伊與田覚先生の、
凛とされたお通夜のご挨拶に感動しました。

13)
ご結婚されて今年の1月1日が69年目だったそうです。
論語一筋に歩まれた人生だけにご苦労も多く、
奥さまの支えが大きな力になったと述べておられました。

14)
社長塾の皆様方もお通夜やお葬式にお見えになっておられました。
お花も色々なところからたくさん届いており、
伊與田覚先生や奥さまをご尊敬される方々の多さに驚きました。

起業家養成スクールの13期生は、ご夫妻とご一緒に中国に行きましたが、
13期生の供花をみて思わず涙が出ました。

15)
13期生との旅は6年前です。
曲阜に行き、孔子さんの生まれた尼山のほとりを訪問し、
日本創造教育研究所から出している「論語のCD」を聞き、
伊與田覚先生を中心にして全員で素読をしました。

孔子の生まれた場所で論語を素読する・・・・・・、
まるで夢みたいな気持ちでした。

16)
私の「仮名論語」の冊子には、短く次のように書かれてあります。

「2006年9月27日五時少し前より素読、
 正面の尼山を見詰め、
 観川亭にて、
 伊與田覚先生を中心に周りを囲み全員で論語の素読をする。
 なんと素晴らしいことだろう」

奥さまもおられ、
奥さまともご一緒に素読をしました。

17)
この場所のそばを川が流れていますが、
孔子は川の流れを見て、
人間の時間の有限性について次のように述べています。

「子、川の上(ほとり)に在りて曰(のたまわ)く、
 逝く者は斯(か)くの如きか、昼夜を舎(お)かず」

●伊與田覚先生の解釈
 先師が川のほとりで言われた。
「時の流れはこの水のようなものであろうか、
 昼も夜も休まない」

18)
私と伊與田覚先生のご縁は、
社長塾・第九期の最初の講演に来て下さる、
パナソニックの谷井昭雄元社長のお陰です。

ご一緒に食事中、「井上靖先生」の話題となり、
井上靖先生最後の作品「孔子」の読後感をお伝えした時のことです。
「田舞君、君、論語を知っているのか?良い先生がおられるから紹介する」

19)
伊與田覚先生が34年間の山の生活から下りられた時でしたが、
五常の徳(仁義礼智信)を大事にされるだけに、
講師をお引き受けになって下さるか正直心配でした。

社長塾の趣旨をお話してご承諾下さいましたが、
奥さまのアドバイスもあったからだと思います。
社長塾も先月8期目を終えて9期目に入るところです。

最初は奥さまもご一緒に参加されていましただけに、
社長塾の皆さま方とも親しくされており、
起業家養成スクールとは違う機会に、
孔子の故郷を訪ねた方々もおられます。

心より奥さまのご冥福を祈念します。

20)
また、2月28日には、
パナソニック三代目社長の山下俊彦様がご逝去されました。
10数年前には、ご自宅にお鮨の材料をお持ちしておすしを握ったり、
逗子の小島直記先生宅では、
年末には恒例のように、
小島先生、山下様の囲碁の対戦を見させて頂き、
その後は私も入れて頂いて三人で忘年会をしました。

21)
日本創造教育研究所が行っているモンゴルの「大地の家」など、
「国際平和基金財団」の理事にもなって頂き、
講演や食事会など色々とお世話になりました。

22)
また、経営でお困りの方には、
我々日本創造教育研究所の研修をお勧めくださったようです。
92歳でお苦しみもなく亡くなられたとの新聞報道でした。

逝く空に なにがあるかは わからねど
               お手を合わせて 南無阿弥陀仏
                           得山詠歌

田舞徳太郎

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プロフィール

  • 日創研グループ 代表 田舞徳太郎
  • 「中小企業の活性化」を事業目的とする日本創造教育研究所グループの代表。
    このブログでは、東奔西走の日々を書きつづります。

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このブログ記事について

このページは、田舞通信が2012年3月 3日 09:41に書いたブログ記事です。

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